【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【武道】背負い投げ #04
2015年08月25日 (火) | 編集 |
背負い投げが上手くいかない場合、一本背負いを練習してみるのも修正方法の一つです。
右利きで考えますが、一本背負いでは相手を左手で引き出して、右手を相手の脇に差し込みます。
背負い投げのように両手で相手を崩すのではなく、左手だけで相手を崩します。
この時、相手の袖を持った左手は出来るだけ遠く(少し上方)に向かって動かしていきます。
ですから肘の曲がりは大きくありません。
背負い投げで必要になるのも、この左腕の状態です。

相手の袖を持った左腕(肘)の曲がりが大きいと相手との間に空間ができやすくなります。
この空間が曲者で、背負い投げが失敗する大きな原因です。
この空間を効率的になくそうとすれば、相手を出来るだけ前傾させなければなりませんから、あまり大きく左肘を曲げない方がベターです。

これは左肘を曲げて相手を背負う状態を作ってみれば分かりやすく、その状態から左肘を伸ばしてみるとより良い状態で相手を背負うことができます。
ですから背負い投げが上手くいかない場合には、一本背負いを練習してみるのも修正方法の一つです。

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【武道】身体の使い方 #04-01 背中を使う
2015年01月27日 (火) | 編集 |
柔道教室に高校生(小学生の頃に柔道教室に通っていたコたちです)が遊びに来て、『「ウェイトトレーニングについて、どう思うか?」という内容について話をしたこと』と『その後の話』の展開をまとめたものです。

書きたいのは後段(その後の話)ですが、今回はその前置きということで……。

個人的にはウェイトトレーニングは否定しません。
筋力は「ない」より「ある」方が良いに決まっています。
まず、これが大前提です。
ただ……いくつか条件が付きます。

一つは、正しいトレーニングをすることです。
当たり前のことなのですが、これが出来ていないことが多々あります。
正しいトレーニングをしないと
 ①筋力アップが望めない
 ②ケガをする
などのデメリットの大きなものになってしまいます。

①については、ハッキリ言えば「時間の無駄」です。
ウェイトトレーニングそのものは、あくまでの補助トレーニングですから、本来の運動そのものの練習ではありません。
効果がないような補助トレーニングに時間を費やすのであれば、本来の運動をしていた方がベターです。

②ですが、補助トレーニングでケガをしては何の意味もありません。
ウェイトトレーニングは、キチンと行わなければ、関節や筋肉などを痛めてしまいます。
これでは本末転倒です。

最低限、これらを考えながらウェイトトレーニングはしなければなりません。

 (続く)

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【武道日記】明日から……
2015年01月07日 (水) | 編集 |
明日から平成27年の空手の稽古が始まります。
休み中もボチボチ身体を動かしていたものの、自宅で出来ることには限界があります。
しかも……武道館は寒いですから、どこまで身体が動くことか……。

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多分、重心の位置などを調整しないとバランスが悪くなっているだろうなあ~と思っています。
とりあえずケガをしないように……ボチボチ身体を慣らしていこうと思います。

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毎年、空手の方が柔道よりも先に稽古が始まりますから、早めに行って柔道のフォームチェックもするようにしています。
空手は大人ばかりですが、柔道は子供がメイン。
そうなると出来るだけ変なフォームにならないようにした方がベターだろうと思っています。
で……フォームチェック。
でも大抵、最初の稽古は、この稽古の前のフォームチェックだけで疲れてしまいますね。。。
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【武道】背負い投げ #03
2014年10月26日 (日) | 編集 |
背負い投げが上手くいかない……そんな相談を受けることがあります。
打ち込みをしてもらうと、問題は腕の使い方にあることが多いように思います。

手の使い方については、以前書いたように思います。
引く時と押す時で、手(掌)の向きを変える。
そうすると力を出しやすくなります。
ところが、それでも上手くいかないことがあります。
また肘が痛いとか、肩が痛いとか……ケガに繋がっていることがあります。
その場合はフォームそのものに問題があることが多く、その中でも腕の使い方を変えると上手くいくことが多かったりします。

どうすれば良いのか???
簡単に言えば、相手を前方に崩した後は、腕で相手を引き出さないようなフォームを身に付けるということです。
右利きの場合、右足を踏み込んで左手で相手を引き出しますが、手の仕事はそこまで。
腕は引き出した状態を出来るだけ維持することに専念します。
それ以降は腰を相手にぶつけるようにして跳ね上げて背負います。
腕が動き出すのは、相手を背負ってからを意識します。

背負い投げが上手くいかない人に多いのが、腕力に頼りすぎということです。
そうすると相手の抵抗も大きくなりますから、背負うという動作が難しくなります。
あくまでも相手を前傾姿勢にすることが手(腕)の最大の仕事ですから、腕の力で何とかするのではなく、全身を上手に使う方がベターです。


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【武道】Twitterにて
2014年03月28日 (金) | 編集 |
Twitter文字制限
書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。

※少し前のツィートです。

▼久しぶりに何も予定がない一日!と思ったら、朝から電話で柔道大会に呼び出された。眠いけど……とりあえず顔を出すかな……。


柔道教室に通っていた子が大きくなって、今は高校生。
その同級生の調子が悪いらしく、様子を見に来てほしいとのことです。
一番気になるのは右肘とのこと。
本当に久しぶりに何も予定がなかったので、ユックリ過ごそうか……と思っていたのですが、そう言われたら仕方がないので、試合会場まで行って来ました。
試合前の練習を見ていて気付いたことは、全体的に動きが不自然になっているということです。
特に釣り手(相手の前襟を持つ側の手)の動きが変でした。
まず手首を巻きすぎだということ。
確かに手首を巻かないで甲側に曲がってしまうと「手首が死んでいる」と言われますし、、巻いた(内側に回転させる)方が力が入りやすく、相手を引きつけやすいのは事実ですが、あまりにも巻きすぎのように見えました。
また釣り手の起動が遅れるので、身体の回転に付いて行っていませんでした。
そうなると……相手が引きつけられるのに抵抗した場合、自分で肘に関節技を掛けてしまっているのと同じになります。
そして上半身と下半身の回転にズレが発生して、左側に体重を掛けて踏ん張ることで、上半身の回転を助けている感じになっています(右利きですから、左に向かって回転します)。
それによって左膝に過剰な負担が掛かってしまっているように見えましたし、その回転をサポートするために引き手(左手)が過剰に働かなければならないので、左肘にも変な負荷が掛かっているように見えます。
それらを試合前にアドバイスしました。

ただ……動いている姿をみていて別のことにも気付きました。
それは背中(肩胛骨下部辺り)に何か異常があるのではないか……ということです。
これも試合前に確認しましたが、やはり痛めているとのことです。
本人は、どこかで強く打ったのでは……と言っていましたが、多分、回転系の動きの時に痛めたのだろうと思います。

ここからは想像ですが、背中を痛めたことが元で、全体の動きに違和感が発生しているのかもしれません。
しかし逆に釣り手の動きがおかしいため、全体の動きがおかしくなり、その負荷が背中の一点に集中した可能性もあります。

すぐに試合になってしまったので、アドバイスと簡単な手当てだけをしました。


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 (この写真については、こちらこちらをご覧ください。)
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【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #05
2014年02月21日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

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柔道の創始者である嘉納治五郎氏は、柔道修行の究竟の目的として次のような言葉を残されています。

柔道は心身の力を最も有効に使用する道である。
その修行は攻撃防御の練習に由って身体精神を鍛錬修養し、その道の神髄を体得することである。
そうして是に由って己を完成し世を補益するのが柔道修養の究竟の目的である。


前にも書きましたが、武道は「思想が技術を纏ったもの」または「技術が思想を纏ったもの」と表現しても良いものと思います。
武道の各種目に色々な流派が存在しているのは、この部分で違いがあるからです。
そもそも柔道は、創始者である嘉納治五郎氏が諸流派の思想や技術等を再構成した「嘉納流柔術」を「柔道」と名付けたものです。
そう考えると創始者である嘉納治五郎氏の思想に沿わないものは、本来は柔道ではないということになります。

また、別の記事で「『武道はそれを身に付ける人間、または人間の生活を形成するもの』であり、また『それを使って生活すること』ということ」とも書きました。
その意味では、競技化の先鋭化がもたらすメリットは???という点に話を戻す必要があるように思います。
そこをキチンと考えて柔道のあり方(方向性)を考えない限り、いじめと同じ構造……つまり存在はするが表に出ないという状態になってしまうRISKを抑えることができないのだろうと思います。



【注】
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #01
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #02
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #03
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #04
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【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #04
2014年02月13日 (木) | 編集 |
前回の続きです。

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そもそも柔道は、相手との間に何か(ボール等)を挟んで行うことではありません。
多くの競技で反則とされる行為、つまり「直接、相手に触れること」が前提となります。
その分、相手に接触するような行為についての心理的な禁忌度が小さいのかもしれません。
そのような中で競技化が先鋭化するとどうなるでしょう???

それとは逆に競技化が進んでいない武道で同じような問題が大きく取り上げられることは???
まあ……オリンピック競技である柔道と他の武道では、話題性が違いますから、同じようなことがあっても大きく取り上げられないだけ……という可能性もありますが……。
また相手との間に何か(ボール等)を挟んで行うような種目で、同じようなことはないのでしょうか???

個人的には、現在の日本のスポーツ界では、勝つことが目的になっているように思います。
本来、試合は自分(チームの場合は自集団)の錬成度を計るために競い合うものです。
また競い合いを楽しむものです。
要するに試合によって競うことは手段だったはず……ということです。
しかし……ここでも手段の目的化が起きてしまいました。
その歪みが問題の根底にあるのだろうと思います。

 (続く)



【注】
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #01
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #02
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #03
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【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #03
2014年01月30日 (木) | 編集 |
前回の続きです。

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個人的には競技化の先鋭化が問題の根底にあるのだと思っています。
そもそも柔道は一人では練習できません。
ほとんどの練習は、相手が必要です。
だから誰かと共に成長していくことが前提になければなりません。
どちらかだけが成長しても、レベルに差ができてしまうと練習にならなくなりますから。
しかし競技化の先鋭化は、自分の成長が目的の最優先事項となります。
そういう環境の中で柔道を学べば、誰かに教える場合にも競技用の技術の授受が中心になってしまいます。
そして出来る者(受け取ることが出来る者)は優遇され、そうでない者は弾かれていきます。

それはスポーツとしては良いのかもしれませんが、武道としては???
まあ……もともとスポーツという言葉は、楽しむという意味が含まれるようですから、スポーツとして考えた場合であっても競技化の先鋭化が正しいともいえないのでしょうが……。

 (続く)



【注】
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #01
 【武道】全柔連のポスターを見て思ったこと #02
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