【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】維新の党のお家騒動 #05
2015年09月09日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

大阪都構想の否決後にこんなことを書きました。

そこに大きな違和感を感じます。
(中略)
今回の住民投票は、各党から候補を選ぶのはなく、賛成か反対の二者択一。
となると少数意見の潰し合いはありません。
そして自民党から共産党まで「反対!」と言っている中、橋下氏も維新も人気が上がっている状態ではないのですから、住民投票に勝つのは難しい情勢だったと思います。

それで住民投票に打って出たのは……どうなのでしょう?
何か他に狙いがあったのか?と思ってしまいます。


勝てないだろうと分かっていて(橋下氏の能力であれば分からないはずはないと思います)実施した住民投票。
その後、少し表舞台から離れていたと思っていると発生した『維新の党』のお家騒動、そして橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)の離党……。
小泉元首相の頃に劇場型政治」という言葉が使われていました(小泉劇場と言われたり……)が、大阪都構想を本格的に走らせ始めた辺りから、橋下氏の政治手法は本当に「劇場型」だったように思います。
そうなると……現在、二の矢・三の矢を放っていますが、次の仕掛けも考えているのだろうと思います。

橋下氏が掲げていたことの中に「統治システムの改革」があります。
この理念を下げてはいません。
と言うことは何らかの作戦を講じているだろうと思います。
自分は表舞台から下がって、誰かを表に立てて……ということなのかもしれませんが、それでは影響力が小さくなります(フラッグシップが隠れていては、大きな支持が集まるとは思えませんから)。

橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)の『維新の党』からの離党。
大阪維新の会の地方政党からの脱却。
次は何を仕掛けようとしているのでしょうか?
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】維新の党のお家騒動 #04
2015年09月05日 (土) | 編集 |
前回の続きです。

さてさて……『維新の党』から橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)が揃って離党することになりました。
これで『維新の党』はフラッグシップを失うことになります。
とりあえず『維新の党』の大阪派は党に残るようですが、大阪維新の会を国政政党にするという考えのようですし、他党との連携も視野に入れているグループもあるようですし……。

もともと『維新の党』は、『維新の会』と『結いの党』が合流してできた政党です。
『維新の会』と『太陽の党』が合流した時も方向性の整理をしないまま一緒になったので、後に齟齬が生まれ分裂しました。
そのような経過や大阪維新の会を国政政党にするという発想、そして『関西維新の会』の話……それらを考えると『維新の会』と『結いの党』に分裂する可能性は大きいでしょう。
近く代表選もあるようですが、ここで誰が代表になるのか?で党の方向性が大きく違ってくるのかもしれませんが、今の形態を保つのは難しいと思います。

代表選で旧『維新の会』派が次の代表になった場合には、『維新の会』と共闘路線になり、旧『結いの党』派は離党するかもしれません(票のために残る可能性も大きいのですが……)。
一方で旧『結いの党』派が次の代表になった場合、旧『維新の会』は離党する可能性があります。
そもそも大阪維新の会という受け皿がありますし、『関西維新の会』が出来るかもしれませんから……。

ただ、そうなると政党毎の議員数は少なくなりますから、発言権は小さくなってしまいます。
それに橋下大阪市長の引退がありますから、影響力は一層小さくなるでしょう。
それでは第三局としての機能は果たせません。
その意味では、政界再編が進む可能性もあります。
今後の展開が予想できません。。。

 (続く)
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】維新の党のお家騒動 #03
2015年09月02日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

私の中で「維新」という言葉には、前回の書いたようなイメージが付きまといます。
結果オーライ!という考え方もありますが……。
しかし結果は手段を肯定するわけではありません

明治維新のパターンを整理すると「スローガンを利用してムーブメントを起こす」という意味では話題性をバックに社会を変えたと考えることができます。
アル意味で民主主義の見本とも言えなくもないのですが……。
『維新の党』も『維新の会』も同様の手法を用いているような気がします。
現代、この手法を使って成功させるには、上手くマスコミを利用するのが作戦(方法)としてはベターなのだと思います。
そんな視点から話題を作り続けている状態を考えると『「維新」という言葉からの連想では、そんなものかな?』と思ってしまいます。

「大阪都構想」が瓦解した後、橋下大阪市長が大きく報じられるということはほとんどなくなってしまいました。
フラッグシップが輝きを失ってしまえば、その集団は勢いをなくしてしまいますが、あまりにも急速な変化が起きてしまいました。
それだけ橋下大阪市長の存在感が大きかったということなのでしょうが……。
『維新の会』も『維新の党』も表舞台で大活躍!という状況にはなく、少なくとも全国的には存在感が薄くなってしまっています。

明治維新の話を持ち出すまでもなく、政治的に何かをしよう(変えよう)!とすると民衆の支持というムーブメントが必要になります。
これだけ表舞台から消え始めると何か騒動が起きるということが繰り返されると……何らかの騒動を起こしているのは作戦なのか?と思います。
そして勢いの中で実際、二の矢・三の矢を放ち続けています。
今後、流れに押されていくのかどうか???

 (続く)
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】維新の党のお家騒動 #02
2015年08月31日 (月) | 編集 |
前回の続きです。

ただ……「維新」という言葉からの連想では、そんなものかな?と思うところもあります。


これは切り口の問題ですから、決して明治維新そのものを否定しているわけではありません。
念のため、最初に書いておきます。



明治維新と言えば「無血革命」として評価は高いですし、そのムーブメントを否定するつもりはないのですが……でも逆説に考えると普通ではできないから高い評価となっているとも考えられます。
そのためには普通ではない方法(手法)を用いなければならないはず……です。

さて明治維新のスローガンと言えば「尊王(皇)攘夷」です。
この言葉は、皆さんがご存じでしょうが前半と後半に分かれます。
前半すなわち「尊王」は、天皇もしくは朝廷の権威のもとで社会体制を変えようというもの、後半すなわち「攘夷」は、欧米列強の経済的・軍事的進出に対する抵抗運動であり、鎖国体制を維持しようというものです。

ところが明治維新後を考えると……。
社会体制は確かに変わりましたが、それは「尊王」という状態ではなく、権力が徳川家からそれまで力を持っていなかった者に移っただけでした。
確かに天皇をはじめ皇族は権威は持たされたかもしれませんが、そもそも権威そのものは形式的には皇族にあったので、維新前後で大きな変化があったようには思えません。
また欧米と列強との関係はどうか?と言えば、鎖国体制の維持どころか、開国路線を突き進みました。
これらによる影響の善悪を考えると決して悪とは言えませんが、でもなあ……と思います。

要するに聞こえの良いスローガンで世間を煽って社会を転覆させ、その後はスローガンとは違うことをしている……切り口を変えてみるとこれが明治維新の姿です。
その意味では、「無血革命」は嘘によって為された(良い/悪いは別の話です)ということになります。

 (続く)



ちなみにこの話は大学生の時に何かの余談で聞いた話です。
切り口を変える(視点を変える)と全然違うイメージになるものだと思い、よく覚えています。
印象が大きかったのか……それ以来、「維新」という言葉に胡散臭さというイメージが付いてしまいましたが……。
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】維新の党のお家騒動 #01
2015年08月29日 (土) | 編集 |
毎度お騒がせな維新の党。
どうも……表舞台から消え始めると何か騒動が起きるような気がします。
意図的に話題作りをしているのでは……と勘ぐりたくなります。

今回の騒動は、柿沢幹事長の行動にあったようで、松井顧問(大阪府知事)の忠告を聞かなかったと言うのがそもそもの発端のようです。
しかし……党としての決定に従わなかったのであれば、党として責任問題にすべきでしょうが、松井顧問個人の忠告に従わなかったからと言って騒動になるのはどうなのか?と思います。
まあ……柿沢幹事長の行動も根回し等の手続きが不足していたのでしょうが、松井顧問の側も個人の忠告ではなく党の決定としなかったという意味では手続き不足だったのでは?と思います。

そして結果的には橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)が揃って『維新の党』を離党することになりました。
すごいことになったものだと思う一方、やはり……と思わないでもない面があります。
随分前になりますが、こんなことを書きました(維新については何度か記事にしていますので、その中の一つです)。

維新の会は、スッタモンダの結果、石原派と橋下派に分裂しました。
石原氏と橋下氏は「野合」を否定していましたが、党としての考え方の方向性を整理しないまま一つになったのですから、野合以外の何ものでもなかったのだと思います。
そして結果は分裂。
そして維新の会の橋下派は、今度は結いの党と一つになるようですが、これも党名でスッタモンダしています。
個人的には「維新」という言葉に拘る龍が理由が分からないのですが……。


国政で考えると石原氏と橋下氏で作った維新の会が分裂し、橋下派が結いの党と合流したのが維新の党ですが、いずれも……やはり野合だったのでしょう。
考え方(方向性)を統一しないで合流した時点が間違いだったのだと思います。
その結果なのですから、「やはり……」と思わざるを得ません。

 (続く)

テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】大阪都構想の否決 #06
2015年08月21日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

さて……色々と考えるのですが、橋下氏は今回の住民投票で勝つつもりだったのか?と思ってしまいます。

橋下氏ぐらいの頭脳があれば、前回までに書いたようなことは分かっていたはずです。
そして……あまりにもアッサリとした敗北会見を見ているとそんなことを思います。
あの会見で言っていたことは、ほぼ正しいのでしょう。
論理的には、引退は仕方がないように思います。
しかし維新の会を作り、牽引してきた責任を考えると簡単に引退はできないように思います。
そこをアッサリ引退宣言し、今後も政界に戻らないと宣言してしまった……。
そこに大きな違和感を感じます。

そもそも前回の市長選の結果を紐解くと、投票率は約23.6%で、そのうち橋下氏の得票数は377,472票です。
今回の住民投票は、各党から候補を選ぶのはなく、賛成か反対の二者択一。
となると少数意見の潰し合いはありません
そして自民党から共産党まで「反対!」と言っている中、橋下氏も維新も人気が上がっている状態ではないのですから、住民投票に勝つのは難しい情勢だったと思います。

それで住民投票に打って出たのは……どうなのでしょう?
何か他に狙いがあったのか?と思ってしまいます。
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】大阪都構想の否決 #05-03
2015年08月07日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

今回の住民投票ですが、橋下氏の去就がセットになったことがどうだったのだろう?と思います。
勢力も人気も伸びていない時点では、マイナスの要素の方が大きかったのではないか?と……。

確かに「橋下氏を辞めさせない」という票も入ったでしょう。
しかし……大抵の場合、反対票を投じる方がヤル気を出すものです。
マイナス要素の方が、情報は拡散しやすいですし……。
その意味では、今回の住民投票の結果は、「大阪都構想」の可否ではなく、橋下氏の政治手法に対する可否だったのかもしれません。
通常の選挙であれば、賛成票数の競争になります。
色々な理由で反対!というあっても、理由毎に賛成票と比較されいるイメージですが、今回はどんな理由であっても反対は反対としてカウントされます。
これが票をよみにくかったところだと思います。

個人的には、橋下氏の主張には同意できるところが多々あります。
でも手法は……。
多分、そういう人は少なくないように思います。
もう少し橋下氏のイメージが違っていると……結果は反対だったように思います。

 (続く)
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【政治】大阪都構想の否決 #05-02
2015年07月28日 (火) | 編集 |
前回の続きです。

手法については……橋下氏は、住民投票で大阪都構想が否決されれば、政界を引退すると言っていました。
それ自体は悪くなかったのかもしれません。
しかし住民投票中に橋下氏を辞めさせないためにも……という声が上がり始めたのが失敗の一因だったように思います。
これを言い出した時点で、「大阪都構想」の可否から「橋下氏の政治家としての今後」に話が変わった面があります。

今回の住民投票は、日本の政治においては、とても珍しい「政策を選択する」ものでした。
本来は、首長や議員の選挙も「政策を選択する」ものなのですが、どうもそうなっていない……。
そんな中で今後の大阪市のあり方を問う投票で、選択肢は人間ではなく政策でした。
大阪都構想の是非とは別に、とても興味深いもの……と思っていました。

しかし橋下氏の去就の話がセットになってしまい、それによって純粋に「政策を選択する」ものではなくなってしまいました。
それがスゴく残念です。

 (続く)
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記