【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】自治会活動 #04
2017年03月22日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

自治会への加入者は減っている……そんな状況でも10年以上前にできたルールの中で活動しようとしている団体がいかに多いか……。
10年以上前と現在では、あまりに社会状況が違いすぎます。
人口減を考えると……100人でやっていたことを50人でしなければならない場合、どうしても無理が発生します。
それが道理です。

人口が減るのは、現状ではどうしようもありません。
そうなるとどうなってしまうのか?
同じことをしようとすれば、そこには一定のコストが発生し、労力も必要になりますから負担感が大きくなります。
では会費の額を上げるか?と考えると、今の世の中の状況ではそういうわけにはいきません。
それを無理に通してしまうことが、自治会離れに繋がり、結局は自分の首を絞めることになっています。

前にも書きましたが、そもそも自治会はボラティア活動によって支えられています。
あくまでも善意が前提です。
そこに強制性を持ち込んでいるのが間違いなのです。

そして今の状況で本当にしなければならないことは、これまでしてきた年中行事に優先順位を付けることです。
優先順位を付けて、下位のものは止めるか規模を縮小することです。
これからの時代、色々な組織で同じような話が出てくると思いますが、「そもそもどういうものだったのか?」に話を戻してみなければ、話は堂々巡りになるだけです。

 (続く)
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【社会】発電について #10
2017年03月15日 (水) | 編集 |

妙な誤解をされたくないので、#01で書いたことを再掲しておきます。
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こんなことを言うと「原発推進派」と言われかねないのですが、(前にも書いたかもしれませんが)私は『原発は「ある」より「ない」方が望ましい』と思っています。
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また#02で書いたように地球温暖化とCo2の関係も疑っていますので……。



前回の続きです。

前回、電気を必要とする主目的を書きました。
一つは、生活の維持・向上
もう一つは、経済活動の維持・向上
これらから考えると、生活や経済活動を圧迫する手段は、間違っていると言わざるを得ません。
分かりやすく言えば、現状の原発停止はそもそも目的を外れたものということです。

アベノミクスの影響で経済は上向きとの話も聞きますが、実質賃金は下がっています。
要するに社会的なコストの増加が、賃金の増加より大きいわけです。
収入が1%上がっても、支出が2%上がっては、何の意味もありません。
社会活動は、単純ではありませんが、最低でもこの辺りまでは視野に入れておく必要があります。

さてさて……そうなるとどうするべきなのか???と思うのですが、現状の社会活動や情勢を前提とすると早急にエネルギーの元を転換するのは難しいのではないか?と思います。
何より……世界的には「地球温暖化」と「二酸化炭素等の排出」が問題になっています。
この問題が大きな壁として存在している以上、簡単にはいきません。
原発を止めて、火力に戻しても何とかなっているという話は、この議論を抜けば……という前提でしか成り立たないものです。
実際、世界中で温暖化対策としての目標値が示される中、日本は示せないでいます。
火力発電に頼る方向に舵を切ったのですから、それ以前と比較すると確実に二酸化炭素を始めとする地球温暖化を促進するガスの排出量は増加しています。
原発否定論には「事故があった場合、次の世代に対する責任が持てない」という話が出ますが、その意味では火力発電は地球温暖化を加速されると考えられる温暖化ガスの排出量を増やしますから同様です。
地球温暖化を加速させないで、原発を廃止する……かなりの難題だと思います。

 (続く)



※妙な誤解をされたくないので……いう意味で、#02の冒頭に書いたものも再掲しておきます。

何人かの方(知人を含む)から「今、原発に少しでも肯定的なことを書くと袋だたきに合うかも」という忠告をいただきました。
確かにそうなのだと思います。
これは地球温暖化についても同様です。
ただ感情論を抜いて、少し考えてみたい……そう思ってキーボードに向かっています。
問題は私の知り得る(考え得る)範囲で書くということだろうと思います。
原発の話も地球温暖化の話も行き着くところはエネルギー問題です。
社会を支えると言うとピンと来ませんが、生活を支えているのがエネルギーです。
そんなことを考えながら指を動かしています。

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【教育】英語教育 #06
2017年02月11日 (土) | 編集 |
前回の続きです。

そもそも日本語は「言語学上の孤児」と言われるぐらい独自色が強い言葉です。
それもあって日本語を母国語とする者が他の言語を学ぶ場合、日本語以外を母国語とする者が日本語を学ぶ場合の大きな障害になっているのは、事実です。
ドイツ語圏の者が英語を学ぶとか、フランス語圏の者が英語を学ぶとか……とは、全く性格を異とします。
それが理解できていないのだと思います。

英語(もしくはそれに類似する言語)と日本語では、使っている脳の部分が違います。
例えば英語(もしくはそれに類似する言語)は、脳のある部分を使って文字情報を取り込みますが、日本語では複数箇所使って文字情報を取り込みます。
仮名と漢字では、脳を使っている部位が違います。
そもそも日本語を使うということは、それだけ脳を使うことです。
それに英語を使う部位を加えることが妥当なのでしょうか?
それも幼少期に……。

個人的には、妥当だとは思えません。
少なくとも小学生の間は、そこまで脳に負担を掛けるべきではないと思います。
中学生でもどうか?と思います。
本気で英語教育を強化したいのであれば、高校生からで良いと思います。

英語教育を強化したいと思っている人に聞きたいのは、「どれだけ英語にコンプレックスを持っているのか?」ということです。
何度も書いていますが、あくまでも英語はコミュニケーションツールでしかありません。
要するに道具です。
その意味では車やパソコン、時計と同じようなものです。
そう考えると……「税金で行う英語教育の強化をしたい!」ということは、「税金で車やパソコンを買ってほしい!」と言っているのと何ら変わらないように思うのですが……。
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【社会】観光地 #02
2017年02月08日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

観光を目的に考える場合、選択する要素は『何があるか?』です。
そこから色々と楽しいことを想像し、色々な場所の中から行き先を選択します。
決して「おもてなし」度を比較するわけではありません。
その意味では、「どこかに行こう」と思っている人にアピールするモノ(コト)がなければなりません。
それが第一です。
したがってアル程度のハードの整備は、必ず必要となります。

そもそも観光は、現実から離れる行為です。
ディズニーランドが素晴らしいのは、そこを徹底しているからです。
しかし多くの観光地では、そこが穴だらけになっています。

例えば古い町並みをメインに考えるのであれば、そこを歩いている間は「古い町並み」ばかりが視界に入るようにすべきで、その中に現代建築風の家があって現実に引き戻されるのでは観光地としての存在価値は小さくなります。
町並みを観光のメインに置く場合、問題は大抵が個人の所有物であるということです。
個人の所有物だから好き勝手にされても仕方がないというのであれば、その方向での観光に力を入れるべきではありません。
地域と行政が一体となって、古い町並みを守る!という方向を見ていなければ、一度は興味本位で来てもらえても、二度目はありません。
その意味では、誰かに観光地として来てもらいたいと考えるのであれば、面の整備をするために手を加えるべきでしょう。

 (続く)
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【社会】子育てと核家族化 #05
2017年01月28日 (土) | 編集 |
前回の続きです。

色々と考えますが、大きなテーブルに核家族化という問題を置いて考えた場合、社会的なコストを上げているだけではないでしょうか?
もともと家族内でできていたことができなくなり、社会に担ってもらう……。
それが対価を支払って行われるのであれば、立派な経済活動になりますが、対価が支払われていないのが現状でしょう。
保育士不足、看護師不足、介護士不足……。
それらの根底にあるのが、対価の支払いがされていないという現実だろうと思います。

また先に挙げた例を考えてみると、人間に関係する職種であることに気付きます。
機械を相手にするのとは違って、個性に大きな差があるのが特徴です。
その意味では、機械を取り扱うよりもコスト的には大きな負担をしなければならないのだろうということは明かです。
社会的に担ってほしいのであれば、誰かがそのコストを背負う必要があります。
そろそろ……その議論をすべきなのだと思います。

何かを選択するということは、その責任を負うということです。
それを前提に各々がキチンと考えていくべきなのだと思います。
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【社会】東京オリンピックの開催について #09
2017年01月21日 (土) | 編集 |
最初に#01の冒頭を再掲しておきます。

最初に書いておきますが、東京でオリンピックが開催されることに反対!と言いたいわけではありません。
勢いで……ではなく、色々な要素をキチンとテーブルに載せて考えるべきであり、そうしないとロス(無駄)が大きくなるだろうと言いたいだけですから。



前回の続きです。

海外から日本に着くと大きな荷物がありますから、それをホテル等の宿泊地に置いて移動が始まります。
開催場所を分散すると移動が多くなりますし、難しくなります。
各競技が行われる時間にもよりますが、競技場への移動、もしくは競技場からホテルへの移動が通勤時間に当たるとどうなるでしょう?
人の流れがスゴく、それを目にすると一層、混乱すると思います。
逆の視点から考えると、通勤ラッシュの中、仕事に向かう人の流れの中に、競技場方面を探してウロウロしている者がいるとどうなるでしょう?
そこで人の流れが乱れますから、混雑が発生します。
そうでなくても通勤時間には混雑する首都圏が、さらに混雑します。

かつての東京オリンピックの時とは、あまりに社会の状況が違いますから、あの頃のイメージで考えていると大きなシッペ返しを受けるのではないか?と思います。
人間が何かする時に陥りやすい思考の一つに「成功事例の踏襲」があります。
これは個人が過去の成功を念頭において……というのもありますが、もっと悪いのが「以前、誰かがやった事例からイメージして……」というのも失敗に繋がりやすいものです。
理由は、空間や時間を無視しやすいからです。
「他の場所で成功した事例は、場所を変えると同じようには成功しにくい」ということと「成功事例は、時代が変わると同じようには成功しにくい」という当然の話なのですが……。
このブログで何度か触れていますが、必要とされている類推する能力というのは、成功事例に対して場所や時代の違いをキチンと評価して調整する能力を含みます(縦にスライドして類推する方法です)。
しかし……これがなかなか難しい……。
それぐらいであれば、同時代に行われていることを別のことに使う(横にスライドして類推する方法です)方がまだ良い結果が出やすいように思います。

各種交通網(ハード)の整備は、この辺りを頭に置いて行われなければ、大きな効果は得られないでしょう。

 (続く)
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【社会】発電について #09
2016年12月21日 (水) | 編集 |

妙な誤解をされたくないので、#01で書いたことを再掲しておきます。
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こんなことを言うと「原発推進派」と言われかねないのですが、(前にも書いたかもしれませんが)私は『原発は「ある」より「ない」方が望ましい』と思っています。
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また#02で書いたように地球温暖化とCo2の関係も疑っていますので……。


前回の続きです。

電気が必要となる主目的は、生活や経済活動の維持・向上に必要だからです。
言い換えれば、それらを支えるのが目的であり、電気そのものは手段です。
色々な意見がありますが、まずは目的をハッキリさせ、そこから大きく外れないように議論しなければ話は混乱するだけだと思います。

原発停止後、電気料金は値上がりし、それは製造コストに転化されましたし、経営上の理由で事業所(支店等を含む)閉鎖される、またリストラが発生する原因になったりしています。
これが社会的に受けた影響は、決して小さくはありません。

製造コストの増加を価格に転化できれば良いのですが、そういうわけにもいかない場合、最終的には人件費で調整するしかなくなります。
それは消費を減少させますから、モノで言えば供給量が減ってしまいます。
サービス業への影響も小さくなく、生命に直接影響しない(影響が小さい)ことについては、消費を小さくしてしまいます。
それが巡り巡って……というのが、現状です。

 (続く)



※妙な誤解をされたくないので……いう意味で、#02の冒頭に書いたものも再掲しておきます。

何人かの方(知人を含む)から「今、原発に少しでも肯定的なことを書くと袋だたきに合うかも」という忠告をいただきました。
確かにそうなのだと思います。
これは地球温暖化についても同様です。
ただ感情論を抜いて、少し考えてみたい……そう思ってキーボードに向かっています。
問題は私の知り得る(考え得る)範囲で書くということだろうと思います。
原発の話も地球温暖化の話も行き着くところはエネルギー問題です。
社会を支えると言うとピンと来ませんが、生活を支えているのがエネルギーです。
そんなことを考えながら指を動かしています。

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【組織】compliance #06
2016年12月17日 (土) | 編集 |

(注意)
 別に法令を守らなくても良いと言いたいわけではありませんので……、あしからず……。


前回の続きです。

そもそも談合の是非をキチンと考えたことがあるでしょうか?

日本における談合は、業界内の達成できそうな者の中で誰がいくらで請け負うかを決めるシステムでしたし、それによって業界内で仕事を分け合う(冨の分配)システムでした。
そして、そこには発注者側との信頼関係が前提となっていました。
したがって達成できそうにもない者が「うちが!」と言っても、他者が「No!」を言っていました(そうでない例もあったでしょうが……)。
これは発注者側と業界団体との信頼関係が壊れることがRISKとして存在するからで、これがアル意味で安全装置としての役割を持っていました。
逆に言えば、談合によって決められた請け負い者は、業界内で「ここなら出来そうだろう」という前提(保険)があったということになります。

それがなくなると何が起きるでしょうか?
発注者側は一つ一つの行為に対して、全てをチェックし、安心・安全を担保する作業をしなければなりませんから色々な意味で手が掛かります。
つまりコストが増大するということです。
しかしコストは増やしたくないというのが経営側の考えですし、日本の雇用はそこまでチェックが必要という前提では考えられていませんから、手が足りなくなります。
それが残業に繋がり、支払いが大変になるとサービス残業という形態が常態化します。

もちろん値段を吊り上げるための行為を肯定することは出来ないのかもしれませんが、それを是認することで社会の中を動く財の量も増えます。
一時期、マスコミが談合を叩いていましたが、そういうところまで考えていたのかどうか……。
それを叩いた結果が現状ですから、それで社会が良くなったかどうか?を考えると、マスコミの思い込みによる暴走だった可能性があります。

(続く)

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