【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【組織】compliance #03
2015年10月20日 (火) | 編集 |

(注意)
 別に法令を守らなくても良いと言いたいわけではありませんので……、あしからず……。



前回の続きです。

さて……Risk Managementの項でもしましたが、この項でも言葉について考えてみたいと思います。

complianceは、complyという動詞から派生した言葉です。
complyは「守る、応える」という意味を持っており、「何かを守るために行うこと」という概念を内包しています。
これが前提となっています。

complianceを法令遵守と訳した結果、これが忘れられている傾向にあります。
よくあるのは法令遵守を進めた結果、組織の動きが悪くなる……という本末転倒な状態です。
まあ……もともとはラテン語のcomplereが語源であり、これは「 満たす、充足する」という意味ですから、その方向にシフトしないのであれば、それはcomplianceとは言えません。

語源を辿ることの意味を軽く考える人がいますが、どこかで書いたと思うのですが……、言葉は文化です。
complianceという言葉は、その言葉を母国語とする人々が感じることができる文化を纏っています。
また、そのような背景を前提としなければ、complianceは理解できません。
その意味では、日本語で法令遵守と位置付けているカタカナの「コンプライアンス」と「compliance」は同一ではありません
言い方を変えれば、日本語で法令遵守と位置付けているカタカナの「コンプライアンス」は、日本でしか通用しません。

(続く)
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【組織】新国立競技場整備計画の白紙撤回について #01
2015年09月28日 (月) | 編集 |
新国立の整備計画の白紙撤回について、検証委員会が報告書をまとめたようです。
あまり真新しい視点がないのが残念なところですが……。
逆に言えば、既存の問題への対応を考えないまま、大プロジェクトを進める組織を作ってしまうという無能さをどうにも出来なかったということが浮き彫りになり、そのよぅな組織が指揮を執っているということが早い時期に分かって良かったのかもしれません。
東京オリンピックの問題については、新国立の整備計画だけでなくエンブレム問題も同じような感じだろうと思います。

このような場合、組織というものを考えてみると一番悪いのは、最終的に決定した者です。
どう言い訳をしても最終的に決定した者が責任を負わなければなりません。
また、このような決定は段階を踏みながら決定に近づいていきますから、その各段階の決定者についても同様に責任があります。
それが決定という権限を与えられた者が抱える責任です。
しかし……。

結局のところどういうことだったのか?と考えると
 ・頭(指揮官)になりたい(威張りたい・目立ちたい)人がたくさんいること
 ・頭になれる能力がある人がいないこと
 ・責任を取るという前提で仕事を引き受けていないこと
という三つのマイナス要素が大きく作用してしまったということだろうと思います。
これらの話については、以前も触れたりしています【注①】が、あまりにも無責任すぎる……というのが今回の件で感じたことです。
まあ……所謂「頭でっかち」が多すぎるということなのですが……。

 (続く)

 



【注①】
※この手の話は、アチコチで書いていたりしますが、カテゴリとしてはこの辺りに書いていることが多いです。
 ※カテゴリ:組織
 ※カテゴリ:Risk Management

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【組織】主従関係 #12
2015年07月03日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

これはキチンと考えることなく導入された評価/成果制度(これについても別項で書いています)の弊害の一つなのかもしれません。
主従関係の「主」は「主」で評価されますから、責任を負いたくない……そして何かしなければ評価されない……そうなると本来の主従関係は成立しにくいのかもしれません。
しかしながら『人間が作りだしたモノ(制度を含む)は、「人間の身体」もしくは「その延長上にあるもの」をベースにしてしか作り出せていない』という前提で考えれば、現状の問題のいくつかは、主従関係をキチンと考えれば解決できると思います。
もちろん他にも打たなければならない手は幾つかあるでしょうし、そもそも思想の問題だろうと……。

主従関係の「主」は、色々な責任(義務)が生じます。
昇進する際にそれを自覚しているのかどうか???
権限と責任は、裏表です。
それは国において権利と義務が、本来は裏表であることと同じであり、権利を守るためには義務を果たして社会を維持しなければなりません。
思想の問題というのは、このレベルの話です。
現在では権利と義務を別に考えている者がいますが、現状の日本人の権利が守られるのは、日本という国があるからで、日本という国がなくなれば権利の形(種類、形態)は変わってしまいます。
それが組織においては、権限と責任です。
指示を出す権限を持っているということは、出した指示によって起きたマイナスの事象に対する責任を負うということです。
近年、多くの組織で導入されている評価/成果制度で、それがどれだけ考えられているでしょうか?

これらを考えると幼少から権限と責任、権利と義務の問題をキチンと教育しなければならないと思います。

 
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【組織】主従関係 #11
2015年06月16日 (火) | 編集 |
前回の続きです。

近年、そういうことができなくなっているケースが多いように思います。
それは社会が複雑になったこともありますが、創業主が代替わりしたことも考えられます。
創業主が代替わりすると、新しいTOPには現場での経験が乏しいために上手く類推できないケースがあります。
そのためにブレインと呼ばれる集団が必要となりますが、この選択を誤ってしまうと……。

そのようなケースで問題があった場合、後になって「そういう情報は知らなかった」という逃げの態度を取る者が出てくることが問題です。
そもそも情報は、与えられるモノではありません。
主要な情報収集器官(目、鼻、口、耳)は、頭にあるのですから、そんなことをいくら言っても責任は頭にしかないはずです。

前回、「頭は、外部(手足を含む)からの情報のインプットがあって、初めてキチンと判断することができます。外部からのインプット無しで頭の中だけで色々と生み出してしまうと……それは妄想でしかありません。」と書きました。
頭がすべきことは、
 ・外部(手足を含む)から取り入れた情報
 ・頭が持っている(目、鼻、口、耳から取り入れた)情報
を統合し、判断することです。
そして、その上で指示を出すことです。

その自覚がなければ、組織は衰退するしかないでしょうが……。

 (続く)

 

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【組織】compliance #02
2015年05月29日 (金) | 編集 |

(注意)
 別に法令を守らなくても良いと言いたいわけではありませんので……、あしからず……。



前回の続きです。

complianceは、mechanical compliance(機械的コンプライアンス)という使われ方をすることからも分かるように、アル程度の余裕(アソビ/稼働範囲)があります。
これはガシガシに固められたものは、上手く動かないために余裕を取らなければならないためです。
それに……普通に考えると分かりますが、余裕がないものはチョットしたイレギュラーな外的刺激で動かなくなったり壊れてしまったり……します。
したがって余裕を持たせることによって、マクロではRISKを低く抑えて動作させるすることができます。

そこから考えると一般的に使われるコンプライアンス(企業コンプライアンス)にも本来は許容される範囲があります。
逆に言うならば、書かれていることをそのまま……というのはcomplianceという言葉には適しません。
企業コンプライアンスがcomplianceの一種であるなら、「企業が稼働するため」という前提(目的)で、RISKをどう低く抑えるのか?を設定していく必要があり、企業コンプライアンスはその目的を達成するための手段であることを忘れてはいけません。

別項で書いていますが、RISKはマイナスの可能性ですから、それを低く抑えようとすれば範囲を考えざるを得ません(何でもマイナス要因を排除するような設定では、違うマイナスが発生するだけになりますから)。
ですから「書かれていることを守ればよい」という単純な発想は、実はcomplianceではありません。

あくまでもcomplianceは手段であって、目的ではありません。
まあ……「手段の目的化」は珍しくないのですが……。

(続く)

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【組織】主従関係 #10
2015年05月15日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

これらは身体を使ってみれば簡単に分かることです。
50kgの重さが分からなければ、100kgを移動させるための負担は分かりません。
また暑い場所と寒い場所で同じ運動をするとどうなるか?
それと同じようなコトですから……。

そもそも人間が作りだしたモノ(制度を含む)は、「人間の身体」もしくは「その延長上にあるもの」をベースにしてしか作り出せていないように思います。
人間の想像力は、アインシュタインらのような一部の天才を除けば、その程度です。
そうではないというものがあれば教えていただきたいのですが……。
その意味では、頭になる者は身体を使うことを欠かしてはいけないのだと思います。
少なくとも身体を使っていれば、頭と手足の関係には気付けるでしょう。
そして、それに気付けば、それに応じた動き方ができるでしょう。

頭は、外部(手足を含む)からの情報のインプットがあって、初めてキチンと判断することができます。
外部からのインプット無しで頭の中だけで色々と生み出してしまうと……それは妄想でしかありません。
そのことが忘れられているのではないでしょうか?
要するに主従関係は、頭と手足の関係と同じで一方的にどうこうするものではなく、双方向で考えるべきモノです。

 (続く)

 
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【組織】主従関係 #09
2015年04月14日 (火) | 編集 |
前回の続きです。

前にもどこかで書いたかもしれないのですが、頭になる者には類推するという能力が必要となります。
その作業を直接的にやったことがなくても、似たような作業から質や量を想像して、状態を整えなければなりません。
ただ「あれをしろ!」とか「これをしろ!」とか……言っているだけではダメなのです。

現代のように複雑化している社会では、全てを経験することは出来ません。
本当は、全てを経験して、各々の作業の質や量を認識できれば良いのですが、そういうわけにはいきません。
それは仕方がないことです。
ですから類推が必要となります。

ところがこれだけ社会の変化が早いと……上司が経験したことが現代では通用しないことが多々あります。
「昔は……だった」と言っても環境(状況)が違えば、それは通用しません。
車の通常のウォッシャー液が、氷点下では使えない(凍ってしまうため)ので、それ用のものにしなければならないのと同じです。

類推するとは、そういうことです。
主従関係における指示は、自分の経験の中で類似するものを取り出し、対処となる作業に当てはめるだけでなく、環境(状況)を勘案して質や量を予測し、対応を考えて指示を出さなければなりません。

 (続く)

 
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【組織】主従関係 #08
2015年03月10日 (火) | 編集 |
前回の続きです。

このように主従関係における上司は
 ・壊れない範囲内でどう動かしていくのか?
 ・どう体勢(環境)を作っていくのか?
 ・無理をさせた場合には、その後をどうするのか?
を考え、それを実行するという前提として指示を出すものですし、それに対する責任を負う義務を背負って指示を出すものです。
そして、その前提があるから部下は指示に従うこととなります。
これが主従関係です。

現状において、主従関係に色々な問題が出ています。
#01でも書きましたが、非正規雇用の問題、正規雇用のリストラや雇用条件の変更、セクハラ、パワハラ、鬱患者の増加……これらの原因の一つが、キチンと主従関係ということを考えていないからではないでしょうか?
自分は痛まない、自分は無理な作業をすることなく指示だけしていれば良い……そんな発想でいるのではないか?と思います。
本来であれば、
 ・どのような作業になるのか?
 ・どのような負担になるのか?
等をキチンと予測して調整し、指示を出さなければならないのですが……。

 (続く)

 
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