【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【武道日記】させたくない…… #05
2017年02月15日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

しかし……だからといって言語化しなくても良いという話ではありません。
言語化することは、共通認識に繋がります。
細かい部分は、各々の感性の違いから差違は出るでしょうが、幹の部分は共通認識しやすくなります。
それは技術の伝承という意味では、大きな意味を持ちます。
逆に言えば、どんなに素晴らしい技であっても……それが出来ていないと「伝説の技」になってしまいますし、失伝の原因となります。

各々で感覚が違うのですから、教える側がキチンと教えなければ伝わるはずはなく、それは教える側が伝えたいこととズレてしまいますから、お互いに面白くない状態が続いていくことになります。
それで面白くなるでしょうか???
その結果、「楽しくなかった」という思い出になってしまっているのではないか?と思っています。

また大人になってから柔道(空手)を再開しようと思わないという人も多いのですが、これも同根だろうと思います。
もちろん野球におけるキャッチボールのような手軽にできるようなことが少ないため、再開するにはハードルが高いから……かもしれませんが……。

とりあえず……親が武道をやっていたものの、子供にはさせたいとは思わないという状況は淋しいなあ~と思います。

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【武道日記】させたくない…… #04
2016年12月14日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

別項でも書いていますが、「できること」と「教えること」は別の能力を必要とします。
その意味では、「できる人」が教えていたのかもしれませんが、その人に「教える能力」があったのかどうか?は定かではありません。
説明できないから「文句を言わず、やっておけ!」と言っていた可能性もありますし……。

確かに身体を使うことは、言語化することが難しい面があります。
というより……それがほとんどです。
感覚は、各々で違いますから「少し強く」の「少し」は言語化することは困難です。

また言語は、ある瞬間を切り取って表現するには適していますが、動いているもの(こと)を表現するのは苦手な面がありますし、同時進行していることを適切に表現することはさらに苦手です。
一方で言語は、受け取った側の感性で理解が変化します。
それが画像との違いです。
この辺りの特徴があるので、身体を使うことを言語化することは難しいことです。

それ故、身体を使うことの多くは「学」ではなく「術」として伝承されています。
それを覚える時に「見て覚えろ」とか「技を盗め」とか……そういう要素が多いことは、たいてい「学」にはなっていません。

したがって教える側は、色々な意味で頭を使って技術を伝えなければなりません。

 (続く)

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【武道日記】違和感 #02
2016年08月14日 (日) | 編集 |
これも今回のオリンピックで見る柔道競技に限ったわけではありませんが……。

それと違和感と言えば、帯の高さ
帯は腰を締めるもの」と教わりましたが、ここでいう「腰」はウェストではなく骨盤を指します。
和服を着てみると分かるのですが、帯をウェストを締める感じで締めた場合と骨盤を締める感じで締めた場合では、着崩れが違います。
もちろん動き方の問題もありますが、そもそも骨盤を締める感じにすると動きを制限されます。
その一方で、骨盤ベルトのように腰を守る機能が付きます。
その辺りが帯とベルトの違いなのかもしれないなあ~と思います。
そのような状態で上手に身体を使う……というのが和服を着こなすための基本ですし、洋装が一般化した現代では醍醐味なのでは?と思うのですが……。

これらは武道を通して学んだことなのか?それとも祖母から学んだことなのか?
前に書いたかどうか?覚えていませんが、私の祖母は、お店から依頼されて反物を着物に仕立てていましたし、当然のように着付けもできました(本当に簡単に和服を着ていました)。
よく覚えているのは、祖母から母が何度も「帯を帯として使うように締めなさい」と言われていることです。
そんなこともあって、どちらで学んだのか?ハッキリしません。

まあ……帯の高さについては、脚を長く見せるためでしょうが、雑誌に載っている写真でもウェストを締めているものが多いので、そういうイメージ(ベルトのようなイメージ)なのかな?と思ったりしますが。

それでもルール改正の結果、キレのある投げ技を見ることが多くなったように思います。
前回のオリンピックよりも見ていて面白く感じます。
面白いのが良いわけではありませんが、見ていて「スゴイ!」と思うような試合で、柔道(に限らず武道全般)に興味を持つ人が増えると良いなあ~と思います。

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【武道日記】違和感
2016年08月09日 (火) | 編集 |
まずはオリンピック柔道日本代表に金メダル!
おめでとうございます。
注目度が高いだけにプレッシャーも大きかったと思います。
本当によかったです(まだオリンピックは終わっていませんが……)。

オリンピックで見る柔道競技、というか国際大会ではよく見られるのですが、試合後の握手にどうにも違和感を拭えません。
国際化した競技ですから握手をしてはいけないとは思いませんが、礼がそこそこになってしまっているのが何とも……。
握手をするのであれば、キチンと礼をしてからにしてほしいです。
とは言うモノの礼儀は国によって違いがあるので、仕方がない面があるのかもしれません。
それでも……色々なことの中から柔道を選んだのですから……と思ってしまいます。

テレビで大会を見ていますが、キチンとした礼をしている選手がどれぐらいいるのでしょう?
礼は頭を下げるのではなく、腰を折る」というのが基本なのですが、そういうところは競技としての柔道ではポイントにはならないからなのか?徹底されていないように思います。
競技として柔道を考えると、ポイントにならないことはしないというのは間違っていないとも言えますが……。

今のルールで良くなったと思ったのは、旗判定がなくなったことです。
とにかく畳の上で最後まで技術を競う形態になったのは良かったと思います。
個人的には、受けがポイントにならない(攻めていないと「指導(マイナスポイント)」になってしまう)のは、ドタバタしている感じを受けるので何とかならないものか?と思いますが、時間的な制約の中で優劣を付けなければならないのですから、競技としては仕方がないのかも……とも思います。
ただ願わくば、畳に背中を付けるとポイントになるというルール(言い換えると「畳に相手の背中を付けることが目的になっているということです)は、考え直した方が良いだろうに……と思います。

とりあえず……注目度が高いということは、テレビで見る機会も多いということですから、見本になるような動作をお願いしたいです。



ちなみに今日は旧暦の7月7日。
七夕です。
もともと七夕はお盆行事の一環で、旧暦ではお盆(旧暦7月15日前後)との関連がある年中行事でしたが、現在では新暦の7月7日に七夕、お盆は8月15日前後に行われるようになったため関連性が薄れてしまいました。
日本の節句や行事には、親類縁者が集まって親交を深めるという目的があったように思います。
そういう視点から紐解いてみるのも面白いのかも……と思います。

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【武道日記】させたくない…… #03
2015年12月25日 (金) | 編集 |
前回の続きです。

話を少し戻しますが……試合に参加するようになったのは、③の理由によるものです。
ですから試合に負けても怒ることはありません
当然ですが、試合の前に「勝ってこい!」と言ったことはありません。
どちらかと言えば、
 ・キチンと礼をしなかった(緊張している場合も含む)。
 ・膝を付いての背負い投げ等、教えていない技を使った。
 ・ケガをした。
 ・相手にケガをさせた。
等で怒ります。

さてさて……話を最初に戻しますが、「子供には柔道(もしくは空手)をさせたくない」と言う人と話をすると
 ・今になって(大人になって)考えると試合に勝つ方法しか教わらなかったように思う。
 ・なぜ、そうしなければならないのか?をキチンと教わってないように思う。

と言われる方が多いです。
仕事でも同じですが、何かをする場合に「〇〇しろ!」と言われてやっているだけでは、何も楽しくありません。
よく口にするのですが、要素分解して再構築する」ぐらいになると色々と楽しみが出てきます
そうすると「何かをする」ということについて理由を考えるようになります。
ただし指示をする側(教える側)には、それを説明する能力が必要になりますが……。

 (続く)

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【武道日記】柔道指導者講習会、研修会にて
2015年11月24日 (火) | 編集 |
何年か前に柔道連盟が公認する指導者資格を作り、その講習会に先日行ってきました。
また、それとは別に柔道指導者のための研修会をするとのことで、そちらにも参加して来ました。

いくつか……本当に頭に残っている言葉があります。
一番、印象的だったのは「指導者は、学ぶことを止めた時に、教えることも止めなければならない」という言葉です。
これは柔道だけではなく、仕事でも何でも……指導者がその座に満足してしまってはいけないという意味では同じだと思います。
指導者という立場でなくても先輩という立場でも同じ。

また東京から来られた先生は、「小学生に試合が必要なのか?疑問。」と言われていました。
これは私も道場で言っていることですが、それを東京で指導されている先生(しかもかなり偉い先生)が言われるとは思いませんでした。
しかも「あんな駆け引きをするような試合であれば、ない方が子供のためではないか」とか「勝ち方ではなく技を教えるべき」というようなことを言われ、こういう方がおられるのか?と思ったり……。

私が柔道大会の引率の時にいつも口にするのが「ケガをしないで帰ってくること」です。
「勝て!」と言ったことはなく、他には「キチンと礼をすること」や「いつも練習でしていることをすること」、そして「他の学校の子供と仲良くなること」と言って送り出します。
一度、地元の柔道連盟でアンケートがあり、その中に「ケガにつながるような技はポイントにしないようにしてほしい。」とか「教本に書かれているような技だけをポイントにしてほしい。」と書いたことがありますが、どうやら議論の対象にならなかったようで……。
まあ、試合偏重になっていると感じていましたから、そうなるだろうとは思っていましたが……。
でも今回、柔道連盟から派遣された先生が、試合についての考え方に一石を投じられたので、とても嬉しく思いました。

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【武道】Twitterにて
2015年10月13日 (火) | 編集 |
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書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。

※少し前のツィートです。

▼柔道のお稽古から帰宅。今日のメインは正座でした。


私の柔道教室での口癖が「正座は、お尻の下に脚を曲げているだけの座り方ではない」というものです。
正座は、すぐに動くことができる座り方です。
座っていながら攻撃態勢を整えている状態であり、また防御態勢を保っている状態です。
正座の状態から爪先を立てただけで動作に移れますし、身体を移動させたり……色々できます。
それが正座という型です。
ただ行儀良く……というわけではありません。
この考え方なしでは、正座の意味は理解できません。
それを動きの中で分かってもられれば……と思います。

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【武道日記】させたくない…… #01
2015年04月05日 (日) | 編集 |
柔道経験者や空手経験者と話をしていて淋しく思うことがあります。
それは「子供には柔道(もしくは空手)をさせたくない」と言う人が少なくないということです。
そして実際に自分がかつてやっていたことを避けさせている方が少なくありません。
理由を聞くと、その多くは「楽しくなかった思い出が多い」ということです。

私が関わっている柔道教室では、以前は試合に出場させませんでした。
それは……もともと
 ①身体の使い方を覚えてほしい。
 ②学年を越えた仲間と出会える場があった方が良い。
 ③学区を越えた仲間と出会える場があった方が良い。
ということで柔道教室を行っているからです。

①については、教える技は基本に沿ったものだけです。
よくテレビで見かける「膝を畳に付いた背負い投げ」や「巻き込むようにして投げる内股」等は教えません。
それどころか……そういう技で試合に勝っても褒めません。
試合用の技は、技術としては有効なのですが、ケガをする可能性が小さくなく、一方で技を掛けられた側(試合相手)がケガをする可能性も大きくなります。
そういう技を子供に教えるべきかどうか……と思います。

 (続く)

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