【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【インフル】ECMO(2010/02/08の続き)
2010年02月28日 (日) | 編集 |
前回(2010/02/08)の続きです。【注①】

ECMOは凝固コントロールをチェックしていかなければ、あっという間に回路が詰まる/出血を起こす等の状態になる可能性がある機械です(機械の製造された時代にもよりますが、かなりの頻度らしいです)し、術中の人工心肺とは異なり、数日間稼働させ続けることから、その間は最低1人の医療従事者が機械についてコントロールしなければならないことになります。
現状の医療者不足(特に小児領域等)の人的資源面を考えれば、まともに運用できるシステムではないと思います。
また緊急時のトリアージでは、1人の重症患者に多くの労力を費やすのであれば、多くの患者に手をかけることで1人でも多くの人を救うべきというのが基本となります。
今の状況では、強毒性(鳥)インフルエンザがパンデミックを起こした場合に人工心肺やECMOの話が出るでしょうが、「運用可能な体制で、より多くの人を救う【注②】」と言う基本を忘れてほしくないものです。
これらの機械を使用しても現場が安定的に動く環境であれば、使用することを検討することも良いでしょうが、そうでない場合にどう考えるのか?コンセンサスを構築する必要があると思います。
もともとJAMAの論文に『新型インフルからARDS【注③】になってしまった患者にECMOを付けた』と言う内容の論文が出ていますで、その方法を使用したのだとは思いますが……医療現場に混乱が起きないことを願っています。


【注①】
 ※参考:【インフル】ある掲示板に書き込んだ記事(2010/02/08)
【注②】
※運用可能な体制で : そうでなければ医療従事者がリタイアしてしまい、医療現場に必要となる医療従事者の最低数を確保できなくなるため、結果として治療できる患者数が減ってしまう(現状の産科・小児科領域で起きていることが緊急時に発生することが予想される)。
※より多くの人を救う : 緊急時の鉄則で、1人に多くの時間を費やすことで、他の多くの人命に関わると考えられる場合には、1人を見捨てることも考えなければならない(軽症であれば、後回しにする)。
【注③】
※ARDS:急性呼吸窮迫症候群 (きゅうせいこきゅうきゅうはくしょうこうぐん、acute respiratory distress syndrome, ARDS) 。臨床的に重症の状態の患者に突然起こる呼吸不全の一種。


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【仕事】予定が入っています……
2010年02月27日 (土) | 編集 |
我が職場では、今日の終業後~週末にかけて業者さんと作業をすることになっていたため、1週間ぐらい前から各部署にお知らせをしていたました。
そして今朝、再度、お知らせをしました。
にも関わらず……終業前ギリギリになって「作業をされると困る」との電話が入ってきました。
そんなことを急に言われても、既に業者さんは来て作業の準備(作業そのものには入っていましたが、本作業ではなく事前に行う準備作業)にかかってしまっています。
急に何かが発生したわけでもないにも関わらず、「作業をされては困る」と言われても……。
何のために事前に連絡をしていたのでしょうか???
職場内の話であれば、無理をしてでも対応できたかもしれませんが、業者さんを巻き込んでの作業です。
業者さんにも家族もいますし、そんな1人のワガママを聞いて、多くの人に迷惑をかけるわけにはいきません。
お金を払っているのだから何をしても良いわけではありません。
予定を入れるということは、他人の時間を束縛するということです。
事前に連絡していて、それに対する反応を当日(直前)までしなかった……それなりの理由なしに「他人の時間を無駄にしろ!」とでも言うのでしょうか?
ですから「できない」と言いました。
それに対する反応が……「〇〇部長に協議する」でした。
まあ……悪いことをしたわけではないので良いんですけど。。。
他人の時間って、そんなに軽いものなのでしょうか???
(その後、連絡は入りませんでしたから、本日分の作業を実施して帰りました。)
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【武道】武道の特徴
2010年02月26日 (金) | 編集 |
武道がスポーツ(競技)と最も違うと思うことは、勝負の考え方ではないでしょうか。
競技の前提は、一定のルールの中で誰が勝っているのかを決めることで、勝つことを目的とします。
武道では、勝つに越したことはないのですが、目的は「負けないこと」です。
つまり勝つ必要はないわけで、引き分けでも良いわけです。
これを競技として実施しようとすると、どうしても上記の「競技の前提」が出てきます。
この辺りが武道を競技化する時に難しいところだろうと思います。
それと場の設定の違いがあります。
競技では「競技場の中でルールに従って競う」ので、競った後のことを考える必用はありませんから、動けなくなるまで練習をしたり、ケガをしても試合に勝てば良いことになります。
武道として考えると、本当は「家に無事に帰るまでが練習であり、試合も家に帰って終わる」となります。
わかりやすく言えば、「安全地帯に行く(戻る)までは気を抜いてはならず、動ける(対応できる)状態を保たなければならない」ということです。
したがって、「勝つためにケガをする」ぐらいなら「ケガをしないように引き分ける」のも戦術です。
うちの柔道教室で一番怒られるのは「ケガをすること」です。
試合に勝ってもケガをすると、まず怒られます(かなり……です)。
まあ、現代社会で「試合場の外で何かある(襲われる)」ことは考えにくいのですが……。


 budo.jpg
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【仕事】評価主義・成果主義 #02-02
2010年02月24日 (水) | 編集 |
前回の続きです。

競技化する場合、各々のルールブックを見ればわかるのですが、最低限決めなければならないことがあります。

【1.フィールド】
最初に決めなければならないのは比較するためのフィールドです。
Aさんはサッカーのフィールドで、Bさんはバスケットボールのフィールドで、Cさんはプロレスのリングで……では公平な評価はできません。

【2.比較するもの】
次に何を比較するのか?を統一しなければなりません。
要は100mのタイムなのか、50mのタイムなのか、42.195kmのタイムなのか……それともサッカーのようにゴールにボールを入れるのか、柔道のように投げて一本取るのか……です。
この場合、「何を単位にして比較するのか?」を決めなければなりません。
サッカーであればゴールにボールを入れた回数が点とし、野球であればホームベースまでランナーが帰ってきた回数を点とし、100m走であれば100mを走った時間……というように同じ基準で比較して優劣を決定します。
これが決まっていなければ、比較のしようがないことになります。

【3.判定方法】
次は「どうなれば、どう判定するのか?」を決めることになります。
これを説明するのにわかりやすいのは柔道の投げ技で、『試合者の一方が、相手を制しながら背を大きく畳につくように、相当な強さと速さをもって投げた時に①相手を制しながら、②背を畳につく、③強さ、④速さの4条件を十分満たしていること』が「一本」の条件となります。
ここから1要素不足すると「技あり」に、2要素不足すると「有効」になります。
また、ここでは判定に付随する部分の判定方法も決めておく必要があります。
野球を例に取れば、最終的に比較するものは「ホームベースまでランナーが帰ってきた回数=点」なのですが、それ以前の行為として例えばストライクゾーンやフェアゾーンの設定が必要となります。

【4.反則行為】
そして「してはいけないこと」を決めなければならないことになります。

これらをキチンと規定できなけば公平な評価をすることはできませんが、実際には仕事の内容は各々で異なり、また「してはいけないこと」をしても結果的には良かったということもあり、現実的ではないわけです。
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トラックバックテーマ 第908回「ペットとの思い出」
2010年02月23日 (火) | 編集 |
何度か登場している「かみーゆ(猫)」が一番、印象に残っています。
何度も猫を拾ってきては飼っていたのですが、一番印象に残っている猫です。
(祖母には「毎回、変な名前ばかりつける」と言われていました。)
お風呂のことは書きましたので、今回は御飯ネタで……。
かみーゆの寝床(夜、寝るのは布団の中でしたが)ですが、母屋と離れとつなぐ廊下の途中にありました。

【こんな感じです】
 (母屋)            (離れ)
 ■■■■■     □□□□□■■
 ■■■■■ 中庭 ☆ココ  ■■
 ■■■■■□□□□□□□  裏庭

見てのとおり裏庭に接していますので、頻繁にノラちゃんが侵入していました。
で、かみーゆに御飯を与えるのですが、ノラちゃんが来ると御飯をわたしてしまい(取られるのではない)、横でみています。
ノラちゃんが腹を満たして帰った頃に「みゃー」と言って、御飯をねだる……毎日のように繰り返された光景です。
気が弱いのか、自分が放浪した経験があるからなのか……理由はわかりません。

こんにちは!トラックバックテーマ担当の水谷です!今日のテーマは「ペットとの思い出」です。みなさん、ペットとの思い出ってありますか?水谷は、ウサギを飼っていたのですが残念ながら、1年前の昨日(2月21日)に、お月様に帰ってしまいました・・・。昨日は、そのウサギの命日だったので家族で、お参りに行きました。...
トラックバックテーマ 第908回「ペットとの思い出」

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【社会】「場」を考える #01
2010年02月22日 (月) | 編集 |
本来、何かを論議するために必要不可欠でありながら、最近の論議に欠けているもの……それが「場」を考えるということです。
ここで言う「場」は、物理的な空間だけを指すわけではなく、その空間が持つ意味や価値を含むもので、【場≒空間】ではなく【場⊃空間】となります。
よく「A社で成功したのだから、うちも取り入れよう!」と言う類の話を聞き、その後として中途で挫折したり、歪んでしまったり……で上手くいかないと聞きます。
理由は簡単で、比較対象をキチンと見極めていないことです。
例えば、雇用人数が1000人のA社で人事給与管理システムを500万円で導入し、5年で入替することとします。これを雇用人数10人のB社で導入すると……と考えればわかりやすいと思います。
要は「500万円÷1000人÷5年=1,000円/人/年(1人1年当たり1000円)」のコストのA社と「500万円÷10人÷5年=100,000円/人/年(1人1年当たり100,000円)」のコストのB社」とでは費用対効果が異なります(システム代金は、基本的には同額ですので、こういう計算になります)。
似たような話は、ことの大小を考えなければ新聞やニュースにいくらでも出てきます。
情報が多い時代になりましたが、これは情報をキチンと自分で分析(解析)しなければならない時代になったとも言えます。
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【Risk Management】#02-03_リスクについて
2010年02月21日 (日) | 編集 |
リスクについての続きです。

前回、「リスク・マネージメント」を「危機管理」と中途半端に位置付けたのが、間違いの一因だと書きましたが、これについて少し簡単に書きます。
「危機」を辞書で調べてみると「危険な時期。きわめてあぶない状態。」と書かれています。
しかしながらリスク・マネージメントにおける「リスク」は、『何かをしようとした時に発生する「可能性がある」事象のうち、マイナス要因になると思われること』であって、「危機」そのものではありません。
概念的なことなので理解しにくいかもしれませんが、ココを押さえなければリスク・マネージメントはできません。
「マイナス要因と思われること」は周辺の状況(時代や環境)によってプラスに転じることもあると言うことを知っておくことも大切なことであり、絶対的なリスクは存在しないと言う意識を持たなければなりません。
そういう意味では、リスクと感じることであっても精査してみるとリスクに値しないことも多々あります。
「これは大きなリスクだ!」と感情的に思ってしまうこと、それ自体がリスクであったりします。
またリスクは、「母数に対して発生する頻度」と「どれぐらいの量を用いると発生するか」等の基礎数値がハッキリしていることが前提となります。
当たり前のことなのですが、このような土台になることをキチンと抑えていないことが、リスク・マネージメントが失敗する最大の要因になります。

(続く)

 Risk Management(S)
 (この絵については、こちら
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【Diary】1人の人間が考えること #01
2010年02月21日 (日) | 編集 |
「ここから本番」でも書いたのですが、ブログを立ち上げのは、元々は知人に勧められて……で、その時に何回分か書いておいてと言われて書きためたのが【Risk Management】で書いているものです。
それを読み直し、修正しながらアップしている状況にありますが、他にも書くことが色々出てきているので、なかなか先に進みません。
ブログの中を『日記 / 健康 /整体・カイロプラクティック / 武道 / 仕事 / 未分類』にカテゴリー分けしていますが、書いていて思うのは各々が微妙に繋がっているということです。
やはり1人の人間が考えることには限界があるなあ~っと思います。
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