【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【仕事】評価主義・成果主義 #02-01
2010年02月16日 (火) | 編集 |
「評価主義・成果主義」について書いたところ、「もう少し書いて……」と連絡をもらいましたので、少し続けてみようと思います(前回のタイトルを「【仕事】評価主義・成果主義 #01」に変更したのはそのためです)。

この制度を運用するためには、当然ですが「個人に対する評価等」を出す必要があります。
人間が評価するわけですから、どこかに基準を置くことになりますが、工業製品のように画一的なものを比較するわけではありませんから、基準が結局は「誰か(場合によっては評価者自身)」になってしまいます。
『何かの基準のもとに誰かと誰かを比較して優劣を出す』……何かに似ていると思いませんか?
そう、スポーツです。
評価・成果主義は、要するに「スポーツ化(競技化)する」ということです。
評価・成果制度を導入する場合、このことを理解できているかどうか?で後で発生する問題の大きさが変わります。
どういうことかと言いますと、競技はルールによって成り立っています。
言い換えれば「ルールによって行為が縛られている」ということです。
したがって「どんなに有効な手段であってもルールの中にないものは認められない」わけです。
これは【武道】で書いた『武道では、(本来は)競技の中では使うことができない技術まで練習しているわけで、その量を10とすれば、「あれ」と「これ」と「それ」は危険だから競技の中では禁止しようと決めて、練習した10に対して5とか7とかで競っているものではないかと思っています。』に通じ、これによる問題にも通じます。【注①】
【武道】のところで書いたのは「本来は……」なのですが、競技化されるとそのルールの中で有効となる技術の練習がメインとなり、場合によってはルールの外側にあるものは練習されません。
これと同じようなことが発生するのは火を見るより明らかです。


【注①】
 ※参考:【武道】ルールと練習
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