【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【健康】癌 #02
2010年03月26日 (金) | 編集 |
少し前になりますが、「アルツハイマーと癌は互いに避け合う」という内容の研究結果が発表されました。【注①】
この研究によると研究開始時にアルツハイマー病であった人は癌により入院するリスクが69%低く、癌の人はアルツハイマー病になるリスクが43%低かったという結果が出たとのことです。
したがって『癌(がん)になったことのある人はアルツハイマー病になりにくく、逆にアルツハイマー病の人は癌になるリスクが低い』と言うことになるようです。
これと同じような傾向は、過去のいくつかの研究でも示されていたものです。
ただし(ここが重要!)、このような研究には初期研究につきものの制約(例えば、癌患者がアルツハイマー病と診断される前に死亡したというような可能性)があり、研究結果に対する否定的な要素を取り除けていないことが考えられます。
この面に対しては今後の研究を待つしかありませんが、癌を防止することで他の病気になる可能性が高くなるのであれば、「癌撲滅運動」のようなことが本当に良いのかどうかを再考する必要があるのではないでしょうか。【注②】

 helth(S).jpg
 (この絵については、こちら

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【注①】
 ・参考URL
 ・医学誌「Neurology(神経学)」オンライン版に12月23日掲載/米ワシントン大学医学部(セントルイス)のCatherine M. Roe氏らによるもの
【注②】
 ・祖父が癌で亡くなっており、その様子を見てきたので、外にデメリットを転嫁しないのであれば癌はなくなった方が良いとは思いますが、癌によるデメリットを他に転嫁するだけ(こういうのを「リスクのトレードオフと言いますが)であれば何の解決にもなっていないと思います。
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【社会】静岡県吉田町、勤務中は禁煙???
2010年03月26日 (金) | 編集 |
先日、『静岡県吉田町、勤務中は禁煙』という記事を見つけました。【注①】
この記事によると「厳密に言えば、勤務中の喫煙は地方公務員法35条が定める『職務専念義務』に違反すると言わざるを得ない」とし、「公務への影響が生じない最小限の範囲で認めているが、勤務中の喫煙が少なからず時間、職務上のロスであることは否めない。本日(17日)から6月30日まで自粛期間とし、7月1日から禁煙に踏み切りたい」と田村典彦町長が宣言したらしい……です。
正直に言えば……「何を考えているのか理解不能」です。
前半部分について言えば、一般の企業でも就業規定等があり、そこにも同じようなことが書かれていますから、それで言えば「そういう条項を持った組織に属する喫煙者は全て何らかの規定に違反する」と言っているのに等しいわけです。
また後半部分についてですが、この町長は『机に向かっている時間が増えれば作業効率が上がる』という一昔以上前の発想しか浮かばないのだろうか……と思います。
人間の集中力は、15分前後で途絶えます。
それ以上は、低い集中力で作業をしていることになりますので、それぐらいなら何でも良いので一度リフレッシュした方がマクロでは作業効率は上がります。
そういう意味では理由になっていませんので、趣味で言っているのでは……と思うしかありません。

そもそもタバコは嗜好品ですから、禁煙/喫煙は誰かに命じられる類のものではなく、どちらかを自主的に選択する類のものです。
嗜好品について誰かが命じる……それは、かなり危険な思想であり、自由を標榜する国に存在してはいけない種類のものです。
そういうことに気付かないのでは……(以下、略)。
まあ、世の中に『管理したい症候群【注②】』が流行しているようですので……。
どうも最近の「政治家さん」たちの発言や動向には理解できないものが多すぎます。


【注①】
 ※参考:静岡県吉田町、勤務中は禁煙
【注②】
 ※参考:【Risk Management】#05-01_セキュリティ
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【社会】「科学的」と「真」ということ
2010年03月26日 (金) | 編集 |
科学的である」と「真である」は別物です。
科学的である」かどうかは、一般的には反証可能性の有無によって分けられます。
反証可能性【注①】は、「ある仮説が何らかの実験や観測によって反証される可能性」のことで、「科学的である」と言うことは反証可能性があることを意味します。
科学的に認められたものは、この土台の上で「再現性【注②】がある」ものです。
これに対して「真である」ということは、「科学的である」と言うこととは別の次元のものです。
「理由はわからないが、AをすればBになる」ということが多々あります。
現実として「AをすればBになる」のですから、現象としては間違いなく「真である」と言えます。
しかしながら「理由がわからない」のですから理論化することはできませんし、そうなると条件付けができませんから再現性を認めることができませんので科学的には「?」と言うことになります。
その事象に対して反証可能性があれば科学のテーブルに載せることは可能ですが、そうでない場合には科学のテーブルには載りません。


【注①】
  ※参考URL:反証可能性
【注②】
  ※参考URL:再現性
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