【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【日記】まーふぃー
2010年03月27日 (土) | 編集 |
久しぶりに愛犬について書きます。

dog03

本日もリビングで腹を出して寝ています。。。
安心しているのは良いのですが、さすがに「大の字」はどうかと思います。
まあ、腕が横に拡がるわけではないので、正確には「大の字」ではないのですが……。
スポンサーサイト



テーマ:日記
ジャンル:日記
【政治】民主党政権 #06(子ども手当)
2010年03月27日 (土) | 編集 |
本当に……何かと話のネタをバラ撒いてくれるおかげで、知人との話が政治ネタになることが多い今日この頃です……。

先日、『子ども手当導入時の国会で、民主党の福田衣里子議員は「今までわが国では、もの申す術のない子どもたちに対する予算は後回しにされてきた」と賛成の立場で討論を行い、子ども手当の創設は子どもたちが安心して育つことのできる日本をつくっていく第一歩であると訴えました。』という民主党メールマガジンの内容を載せました。【注①】
正直に言えば、「本気でそう思っているのだろうか?」と考えてしまします。
今の世の中を見ていると、支給された子ども手当が「子ども達のために使われる」保証はどこにもありません。
そんなのは一部の親だけ……と思われるかもしれませんが、そんな一部の親に支給されたものまで子ども達に借金を背負わせることになります。

子ども手当については、キチンと抑えておく必要があることが幾つかあります。
第一に子ども手当は『現在の大人に対して支給されるものであって、子ども達に支給されるものではない』ということです。
これは「支給された子ども手当の使い道を子ども達が選ぶことはできない」ということです。
第二に子ども手当は『現在の大人に対して支給されるものであるにも関わらず、それは国が背負う借金を財源としているため、その借金を返済するのは子ども達である』という点です。
これは「将来、自分たちのために使われていない可能性がある借金を返済しなければならない」ということです。
第三に子ども手当は『不就労所得でしかない』ということです。
これは「一生懸命働いた人から税金という名目で強制的に取り立てしたお金を、働かなくてももらうことができるもの」ということです(民主党の施策には、この手のものが多く含まれているように思います)。
他にも色々とありますが、これら点はキチンと抑えておく必要があります。

「子ども手当の創設は子どもたちが安心して育つことのできる日本をつくっていく第一歩であると訴えました」は、多くの矛盾を含んでいます。
この訴えでは「子ども手当がなければ、子ども達は安心して育つことができない」と言っているわけですから、これまで育ってきた者は「安心できる環境ではなかった」ことになります。
本当にそうでしょうか?
周辺で色々な事件がある地域に住んでいるのも、核家族で暮らしているのも……厳しいようですが、親の選択に他なりません。
東京都内で待機児童が少ない地域に引っ越すことができるのですから、ほとんどのケースでは親の選択で何とかなるもののはずです。
そうしないのは……。
これを言い換えれば「大人の都合で、子どもに借金を背負わせる」ということでしかないわけです。
そうなると、どんなに理由を付けたとしても、単純に「親に親としての能力が不足(欠如)している」だけではないかと思うのですが……。
安心して育つことができるかどうかの責任は、第一に親の責任であるべきで、そこに手を加えることなく社会全体に責任を転嫁する行為は、どう頑張っても正当化できるものではありません。


【注①】
 ※参考:【政治】民主党政権 #04(財源)
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
【武道】挨拶 #01
2010年03月27日 (土) | 編集 |
基本的な考え方ですが、挨拶の声掛けは「上位者から下位者へ行うもの」です。
これには理由がいくつかあります。
一つは、「下位者は上位者の邪魔をしない」と言うことです。
下位者は、上位者のしていることが重要なことなのかどうかの判断ができません。
上位者は、下位者のしていることを判断する能力があるはずです。
これらが前提となって「上位者から下位者へ行うもの」となっています。
外国でも握手する際に手を差し出すのは上位者からというのがマナーとなっています。
また、挨拶は「相手との親交」を目的の一つとしています。
言い換えれば「喧嘩しない、または抑制すること」を目的の一つとしています。
挨拶をして相手から返答がない場合、若輩者であればイラッとする等……良い気がしないのではないでしょうか。
これが、ある程度年齢を重ねると「そういうこともあるなあ……」と流すことができます。
つまり上位者から下位者へ行えば、この目的に合うことになります。
したがって挨拶の基本ですが、声掛けは「上位者から下位者へ」であり、「下位者から上位者へ」は通常は会釈(立ち止まっている場合でも敬礼まで)が正しいこととなります。
これが、「下位者から上位者へ」になったのは、軍隊教育の影響でしょう。
軍隊では、上位者は「ドコに誰がいる」ということを把握しておく必要があります。
これを目的とした場合、効果的なのは「上位者に対して、下位者が会った場所で印象付けすること」です。
このため「下位者から上位者へ」になります。
ここがゴチャゴチャになっているのが現状だと思います。


 budo.jpg
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記