【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【整体】カイロプラクターの誓い
2010年05月23日 (日) | 編集 |
整体とカイロプラクティック、同一の看板に両方が書いてあったりします。
中にはオステオパシーも書いてあることがあります。
これらは手技だけを見れば似ていますが、根本の思想が異なります

ここに『カイロプラクターの誓い』と言われるものを記載しておきます。

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カイロプラクティックの原理・原則である芸術、科学、そして哲学の調和において、また病人を健康に回復させる為の私の献身の結果において、私は私の最善の判断と能力を果たすこと約束し誓う、次の誓約の通りに:

 私は、カイロプラクティックの専門職としての倫理の慣例と規約を厳守します。
 私は、私の患者、同僚、私自身、そして私の専門職との関係において、専門家に相応しい品行を実践、遵守します。
 私は、私の専門職の清廉を守り、そしてそれが全ての人類の利益の為の奉仕として成長する事を促す様に努めます。
 私は、私の患者の尊厳を侵害したり信頼に違背することがない様に、私の最大限の能力を傾注し尽くします。 そして私と私の患者との関係において、私は道徳と正義を犯すことはありません。
 私は、私の判断と能力に基づき、私の患者に優れた養生法を提供します。
 私は、共に医療に携わる仲間である他のドクターに対し、彼らの専門職に対する責任と献身を信用し、敬意と尊厳と共に、専門医として紹介する事に留意します。
 私は、私の知識と技術を向上させることを継続し、そして学位が象徴し課せられている責任を正しく守る私の決意に誠実であり続けます。
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カイロプラクティックは、その技術だけを指すわけではありません。
カイロプラクターがカイロプラクティックを使用する時、これらを頭に置いておく必要があります。


 seitai@kokkaku-mokei(S).jpg
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【政治】民主党政権 #18-08(女性議員転倒@決着は???)
2010年05月23日 (日) | 編集 |
この件について何度か書いてきましたが、民主党はどう決着させようとしているのでしょう?

懲罰動議を持ち出している以上、真偽は別として多数決を強行するつもりなのでしょうか?
この攻撃性は、野党時代の虚偽メール事件の時も同じでした。
よく調べもしないで、攻撃ネタがあれば攻撃に移る……。
結局、どうなったのか……学習していない……としか思えません。
誰がドウ見ても触れていない状態で「加害者」にできるとは……日本は本当に法治国家ですか???
いずれにしろインターネット上で動画が配信されてしまった以上、この懲罰動議は現状では『事実の捏造と冤罪の産出』でしかありません。
この懲罰動議について、民主党が暴力行為をドウ証明するのか?
このまま強行すれば、野党に対する数の暴力(言論や活動の弾圧)でしかありませんから、一層批判の的になることは明かです。

さて……この件について決着させなければならない問題が、もう一つあります。
女性議員が転倒したのは、衆議院内閣委員会が行われている会場の中であり、転倒した場所は委員長席の前になります。
この場には傍聴者等は立ち入ることができませんから、そういう意味では転倒した議員は『衆議院内閣委員会への乱入者』であるとも言えます。
この行為は、それ自体が正常な国会審議を乱す行為ですから、この時点で排除されるべき者です。
そういう意味では、取り押さえられても仕方がない状況です。
したがって、仮に誰かが「押した」としても、その者が「正常な国会審議を乱す者を取り押さえるために」とか「正常な国会審議を乱す者を排除するために」と言えば、「押した」という行為は正しい行為であるとも言えます。
話を戻しますが、「押したかどうか定かでない事象」に対して懲罰動議を提出するなら、その前にハッキリとしている事実=衆議院内閣委員会への乱入者への懲罰を決定するべきです。
まずは、こちらの問題を国民に説明しなければならないと思います。


【参考】
 ※参考URL:三宅雪子議員の転倒騒動@Wiki
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【政治】民主党政権 #11(高速道路無料化)
2010年05月23日 (日) | 編集 |
アレコレと書くネタが多すぎて、掲載しそこなっていたモノです。。。
多分……1ヶ月以上は忘れていた原稿だと思います……。

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本当に……ドコを見て政治に向かっているのか……わかりません。
高速道路無料化も、その一つです。

高速道路は「移動時間を短縮するもの」です。
通常、我々の労働は「時間をお金に換える」という考え方により成立しています(成果によるという考え方もありますが、それは「時間をお金に換える」の上にあるものです)。
したがって、より効率よく時間を使いたいのであれば、余分な経費をかけるのは当たり前のことです。
したがって高速道路無料化の議論は、根本的にはこの段階で破綻します。

現在の高速道路の状況を考えてみると、都市部では渋滞が発生しており、「高速」と名を冠するには無理がある状況にあります。
その状況の中で無料化すれば、もっと渋滞することはわかりきったことです。
高速道路をその名のとおりの機能で運用するならば、渋滞しない方法を考えなければなりません。

そういう意味では、まず「渋滞」を定義する必要があります。
「渋滞」を定義できれば、渋滞する地域では有料化した方が全体として高速道路の機能を活かすことができます。
ただし有料化する場合には、「渋滞を起こさないこと」が前提となりますので、チョットしたことでは高速道路を使わないような金額設定が必要になります(要するに「それなりに高価」な設定が必要ということ)。

他方で道路を維持するためには、それなりの支出が発生します。
高速道路は、その名のとおり「自動車が高速で移動します」から、安全面での対策に費用がかかります。
また高速道路を使用しない人の税金を投入することは、高速道路を使用しない人からすれば不利益となりますので、高速道路の維持費用は高速道路を使用する者から集めるのが筋です。
そう考えると、高速道路を有料化した場合に利用料金が高すぎて道路がスカスカな状態は望ましくありません。
そういう意味では、時間や期間によって高速道路の料金を変えることも考えても良いと思います(渋滞の監視をしているのですから、できるはずです)。

高速道路無料化議論は、最初に書いたように根本的なところで破綻します。
その上で、利用者側は「高速道路をどう使っていくのか?」を、管理者側は「どう維持していくのか?」を真面目に考えるべきだと思います。
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