【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【Diary】将棋
2010年06月30日 (水) | 編集 |
久しぶりに将棋を指しました。
久しぶり……だと、盤面全体を見るのが難しく感じます。
確かに視界には入っているはずなのですが、そこに注意がいかない……。
それを痛感しました。
それと手順と手筋を忘れている……。
時々は本を読むとか、棋譜を並べてみるとか……しておかなければならないと思いました。

これは将棋だけの話ではないのでしょう。。。
仕事でも何でも……久しぶりの作業をしようとすると「全体」の把握が難しく、作業にモレが出ることは珍しくありません。
また手順前後してしまったために、結局は二度手間ということもあります。

そういうことがあるということを忘れないためにも、時々は将棋盤に向かうのも良いのかもしれません。
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【医療】医療崩壊 #05-03
2010年06月29日 (火) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

医療は性格上、不確実性を内包していますので、「事故」と「ミス」の判断が困難なものという認識が必要です。
今、問題なのは「結果が思ったとおりでなければ、何でも医療ミス」という風潮ですので、本当に「ミス」なのかどうかを判断する専門機関が必要です。
そこで判断をしてしまい、裁判に訴えることを制限する必要があるように思います。
専門機関での判断を行う場合、当然ですが、感情論【注②】を排除しなければなりません。
「かわいそう……」という感情が入った時点で、医療提供者に対してマイナスとなります。
これでは公平な判断はできません。

要は医療という分野に自由競争は適当でない」と言いながら、自由にし過ぎたのが現状を生んだのであり、何でも「弱者救済」と言った結果がワガママな状態を作ったと考えれば、それを制限するところからスタートしなければ、医療制度全体の立て直しはできません。
家を建てるには土台をキチンと作る必要がありますし、キチンとした土台を作ろうとすれば良質な地盤の方が良いに決まっています。
一度、医療を本気で考えてみても良いのではないか???と思います。

 medical(S).jpg
 (この絵については、こちら

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【注①】
 ※参考:【医療】医療崩壊 #05-02
【注②】
 ※参考:感情論
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【政治】地方自治体の議会 #03
2010年06月29日 (火) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

議会(地方議会に限らず国会も……)を観ていて思うのですが、つくづく「選挙が議員の就職活動」になってしまっています。
これで良くなるはずがありません。
議会・議員は人気取りのために……すぐに人件費に手を付けようとしますが……優秀な経営者や運営者、管理者(以下「経営者等」)は人件費に手を付けるのは最後です。
これは国・地方の自治体に限らず、民間企業でも同じことが言えることなので、経営者等の立場に立つ人であれば、当然、知っているべきことです。
どのタイミングで人件費に手を付けるのか?は、その組織の経営者等の能力を測る上で、一番わかりやすい指標です(ある本では、「最初に人件費に手を付けようとする経営者は無能だ!」と言い切っていましたが……)。
まあ、そのことさえも知らないのでしょうが……。

そもそも……そういうレベルの人が当選し議員になれること自体に問題があるでしょうし、当選させてしまうことにも問題があります【注②】
これでは、自治体に破綻しろ!と言っているようなものです。
これは国会を含めた制度そのものの問題なのですが、議員等に立候補するためには最低限必要とされる能力が必要です。
その最低条件をクリアした者だけが立候補できるような制度に変えていかなければ、国も自治体も赤字財政から脱却できないでしょうし、脱却できても一次的なものでしかないでしょう。【注③】

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【注①】
 ※参考:【政治】地方自治体の議会 #02
【注②】
 能力の有無に関わらず、定数≧立候補者数の場合には「当選」してしまいますので、選挙というフルイにかけることができません。
 この辺りは、現状の選挙制度そのものの問題でしょう。
【注③】
 赤字財政からの一次的な脱却は、夕張市のように破綻した地方自治体が実施しているような手法を採れば可能です。
 しかし、あの手法は「緊急対策」であって、恒常的に実施する(できる)手法ではありません。
 一次的に数字的には良くなりますが、歪みは数年後に出てきます。
 そもそも……あのような手法は『その時点の数字を回復させるためのもの』であって、『長期的な視点で検討した結果出てきた手法ではない』という認識が必要です。
 つまり、人を育てるという視点を含んではいません。
 経営者等に「最終的には……仕事をするのは人間である」という視点が無ければ、組織は疲弊していくのは当然のことです。
 長期的な視点を持って思考できること、多角的な視点での検討ができること……これらは経営者等には最低限必要なものです。
 こういうことを書くと……自治体TOP(都道府県知事や市区町村長)や執行部(部長等)をイメージする人がいますが、最終的な決定権を持っているのは議会(議員)です。
 この当たり前のことが忘れられがちですし、当事者(議員)は「都合の良い棚」に載せて隠しています。
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【政治】民主党政権 #02-06(マニフェストと政権交代@嘘つき)
2010年06月29日 (火) | 編集 |
民主党の衆議院選挙でのマニフェストは、どこに行ってしまうのでしょう???
『コンクリートから人へ』、『生活第一』……。
これが参議院選挙用のマニフェストでは、一転して『企業支援』に変わってしまっています。
【注①】
これでは、国民は「騙し討ち」か「詐欺」にあったようなものです。
衆議院選挙でのマニフェスト……最初からヤル気があったのでしょうか???【注②】
どこかのアヤしげな組織(団体)の金集め用の広告を思い浮かべてしまいます。

政権交代が起こってハッキリ理解できたこと……。
それは……日本にとっては悲劇なのですが……、『現与党である民主党には、財政や経済に強い人材がいない』という現実です。
これは、かなり控え目な言い方です。
現状においては、『現与党である民主党には、財政や経済を理解している人がいない』と言われても仕方がない状況にあります。
参議院選挙用のマニフェストは、自民党のマニフェストをマネたものでしかありません。
自前で財政や経済について考えることができないことを露呈しています。

そして「野党時代に言っていたことを反故にする態度」、「政治と金の問題」、「沖縄米軍基地問題」、「口蹄疫の対応」……これらを見ていると『無責任である』ということがハッキリします。
強行採決にも驚きましたが、参議院本会議を開催しないのにはあきれてしまいました。
国民に対する責任……それを少しも考えていないということを露呈しています。

さらに「マニフェストの変更」を考えると『嘘つき』だとわかります。
何度でも言いますが、民主党の現衆議院議員は任期を終えるまで『衆議院議員選挙時のマニフェスト』に縛られます
それが「マニフェスト選挙」と言われるモノです。
したがって、マニフェストの変更は「民意の無視」に当たります。
参議院選挙用のマニフェストは、それを掲げてたたかう人たちが縛られるモノであって、それ以外の何物でもありません。
それを民主党議員全体のマニフェストにすり替えようとしている姿は、醜悪とか醜汚という言葉がピッタリです。
クリーンな政党が聞いてあきれます。
もう少し潔くできないものでしょうか???

この状況は国外でも報じられていますから、ダメージは民主党だけのものではありません。
民主党が信用してもらえないのであれば自業自得で済むのでしょうが、日本が信用してもらえない、日本人が信用してもらえない、日本企業が信用してもらえない……これが現在発生していることです。
このまま衆議院を継続すること……それは日本という国を破壊することになるかもしれません。。。

とりあえず……参議院選挙用のマニフェストも信用できるのか?衆議院選挙用のマニフェストのように1年も過ぎないうちに何の説明も謝罪もなく、違うものになってしまいはしないか?……そんなことしか頭に浮かびません。

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【注①】
 ※参考URL:民主党:参院選マニフェスト 子ども手当半額なら、家計への「恩恵」激減
 ※参考URL:(参院選 政策を問う)首相の消費税発言を機に論争を深めよ
【注②】
 ※参考URL:民主党マニフェスト 今度こそ「本気度」が試される
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【仕事】評価主義・成果主義 #07-02
2010年06月28日 (月) | 編集 |
前回【参考】の続きです。

これら以外の理由として挙げられるのが、コンサルタントの問題です。
制度導入時にコンサルタントに依頼することが多いのですが、そのコンサルタントに「上手く行っていない」と言うと「もう少しすれば成果が出てきます」とか「やり方を変えてみれば」とか……言われるようです。
そういう面もあるのかもしれませんが……コンサルタントは、「そのような相談等で収入を得るために、制度を止められては困る」存在です。

コンサルタントとの対話では、そこを差し引いて考えておく必要があります。
しかしながら……実際には制度を導入している側が「渡りに船」と思っている節があります。
そもそも一度導入した制度はなかなか止めることは難しいものであり、「良いはずがない」とわかっていても止めるという決断ができないことが多々あります。
このような状況では色々と考えるより、コンサルタントが「……と言ったから」という理由を付けて継続した方が楽ですから、制度運用の責任者側はコンサルタントの言葉を言い訳に使っていたりします。

ついでですが……そもそも個々の能力によって配置を考えるのは人事部門であり、合わない部署に配置した場合に個人の責任を問うのは、本来は責任転嫁にしかなりません。
また仕事を振り分けているのは部署の上司ですので、できない量を配分したため期限までに完了できなかった場合も、本来は個人の責任ではなく、個人に責任転嫁しているにすぎません(本来は上司の責任ですから)。
ここを追求されはじめたので、人事部門や上層部がイヤがっている面もあります。
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【政治】民主党政権 #23(夫婦別姓)
2010年06月28日 (月) | 編集 |
仙谷由人官房長官は、『選択的夫婦別姓制度を導入するための民法改正夫婦別姓法案)』と『永住外国人への地方参政権(選挙権)付与法案外国人参政権法案)』について「民主党としてはなるべく早く実現させたいという立場だ。菅内閣も基本的にはそういう考え方だ」と述べ、早期成立を目指す考えを示したようです。【注①】

このいずれの案件も、日本という国の根幹に関わるものです。
キチンと議論する気があるのでしょうか???
また強行採決を目指している……そういうことなのでしょうか???

そもそも日本という国で「姓」は「家族」を指しています。
ということは、この制度は日本という国の文化そのものをドウスルのか?というものです。

この制度を「早く実現させたい」という理由が理解できません。
とりあえず……よく言われている理由について反論しておきます。

最初に聞かれるのが『法律上は「夫となる者、妻となる者、どちらの氏にしてもよい」と定められているが、ほとんどの夫婦が夫の氏を選んでいるのは不公平であり、男女差別である』という意見です。
悪いのですが……そんなことは二人で話し合って決めることですから、法律でドウコウしなければならないもではないのではないか?と思います。
そういうことを二人で話し合って決めることができないのであれば、いくら選択肢を増やしても無駄です。
現状の選択肢で「ほとんどの夫婦が夫の氏を選んでいる」のであれば、それには理由があるはずです。
そうであれば、選択肢を増やしても何も変わりません。

次に聞かれるのが『婚姻前後で氏が異なっていると業績の連続性が失われるため、婚姻することができない。』というものです。
でも……別に法律で別姓を認めなくても、職業上は旧姓で仕事をすれば良いだけの話です。
芸名と同じと考えれば、現状の制度で何も問題はありません。
実際、私の周りには何人もいますし……。
上に『「姓」は「家族」を指しています』と書きました。
言い換えれば、「姓」の問題はプライベートな話であって、仕事上の話とは次元が異なります。
したがって、これも理由にはなりません。

また、『氏が変わると自分が自分ではなくなったような気がする』とか『相手の家に取り込まれたような気がする』とか……そういうことを言う人もいるようです。
ハッキリ言いますが、そんなことでは結婚生活は続きません。
現状の結婚は「生まれも育ちも異なる人間同士が、ある日から一緒に生活し始める」という制度です。

冷たい言い方をすれば、その程度で悩むのであれば、日々発生する価値観の違いによるストレスに耐えられるはずがありません。
こういう意見を口にする人は、そういう感情の問題を整理できない……その責任を制度に転嫁しているにすぎません。

ついで……に書いておきますが、『それを希望する人が存在するのだから、その選択肢を広げることはいいこと』という人もいます。
そうであれば、「姓」そのものを勝手に付け替えることが可能という選択肢があっても良いわけです。
それも気分で付け替えることを望む!と言われれば、今日は綾小路さん、明日は伊集院さん、明後日は……を認めますか?
選択肢を拡大することを否定するわけではないのですが、選択肢が狭いからこそ制度を低リスク(コストを含む)で運営できるわけです。
そもそも制度は、選択肢を減らすことが前提であり、特例は認めないのが本筋です。
そういう根本的なところから考え直す必要があります。

この制度の背景にあるのは、『間違った個人主義』です。
要するに家族・親族という共同体の機能よりも個人の嗜好や趣味や楽しみを優先する(でも困った時だけは助けてほしい)というワガママな思想があります。
既にこの現象は進んでおり、『誰かに「困っているから……」と頼みたくない』から何でも税金で助けてもらえるように制度(要は不特定多数の人に助けてもらうということであり、悪い言い方をすれば誰かに負担を強いるということなのですが……)を作ってほしい……となっています。
現在の高コスト社会の原因の一つです。


家族や家庭の崩壊を口にするのであれば、その原因になりうる可能性を持つ制度を導入しようとするのか?理解できません。
さらに財政健全化と口にするのであれば、高コスト社会を後押しするような制度を導入しようという意図が理解できません。
多分……これを高らかに口にする人は、伝統とか文化とか……は理解できないだろう……と思います。【注②】

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【注①】
 ※参考URL:官房長官、夫婦別姓と外国人参政権に前向き
【注②】
 ・この国のあり方は歴史の上に立脚しており、それは良くも悪くも文化(言葉も文化ですから)に規定されます。
 ・言い換えれば、この国の現状は「経済的なもの」や「社会的なもの」、その他の諸々を含んで、伝統や文化に規定されているということです。
 ・と言うことは……以下は書くまでもないことですから省略します(少し考えれば、省略されたものはスグにわかるはずです)。
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【政治】地方自治体の議会 #02
2010年06月28日 (月) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

もう一つですが……、最近「スクラップ・アンド・ビルド(scrap and build)」を提示する議員もありますが、「スクラップ・アンド・ビルドで考えろ!」とは言うものの、具体的に「何をスクラップにするか?」を提示することはありません。
言うのは「ビルド」ばかりです。
自治体が実施していることは、「議会が"実施する"と決定したもの」です。
もっと言えば、「議員が総意として"実施する"と決定したもの」に他なりません。
したがって、本来であれば「スクラップ」するものを提示するのも議会の仕事なのですが……自治体が実施している何かを止めることを提言すると、それによって益を受けている者からの苦情が出ますので言いたくない……そういうことなのでろうと思っています。
しかし、最終決定権を持つ者が責任を持たない……それでは何も上手くは行きません。
まあ、本当は「スクラップ・アンド・ビルド」ではなく、「リペア(repair=修理/修繕)」や「リファイン(refine=洗練化/精密化)」なのですが、世代の問題なのでしょうか……。【注②】

新たな制度の創設には、どんなリスクが隠れているのか?わかりません。
それよりもリスクやデメリットがハッキリしている現行制度に手を入れた方が、ベターです。
また、新たな制度の創設に必要となるコストも馬鹿になりません。
それよりもリペアリファインの方が低リスク・低コストで可能です。

そもそも長い間、続いてきたものには、それなりの意味(価値)があります。
それを理解しているのでしょうか???
この辺りの考え方が整理できないない状況は、何も政治に限ったことではありません。
そう考えると……やはり世代の問題なのか……と思います。

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【注①】
 ※参考:【政治】地方自治体の議会 #01
【注②】
 この辺りが「団塊」と呼ばれる世代の限界でしょう。
 団塊の世代は、高度経済成長やバブルの恩恵を受けた世代ですので、基本的に社会が上昇気流に乗っている時のイメージでモノを考えます。
 したがって、思考は「悪ければ壊せば良い」とか「古くなった捨てて、新たなモノを作れば良い」といった方向に進みます。
 しかし現状では、社会情勢が異なります(上昇気流に乗っていません)ので、この発想では上手くいくはずがありません。
 既にあるモノをどう活かし、どこを直していくのか……それを考える方がベターです。
 ただ、現状では「スクラップ・アンド・ビルド的な考え方をする世代」の方が人数が多いため、「スクラップ・アンド・ビルド的な考え方」の方が票につながりやすい……これが悪循環の一因なのかもしれません。
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【整体日記】整体講習会
2010年06月27日 (日) | 編集 |
先日、所属している協会の講習会に参加するため、久しぶりに遠出してきました。
毎回、何かを得て帰る……そう思いながら参加しています。

整体の講習会に限らないことですが、せっかく参加するのですから何かを得て帰ろう……と思うと、色々なこと(もの)を見るようにしなければなりません。
誰かが何かをしている……誰かが何かを話している……それをどれだけ見て聞いて帰るかが、参加してどれだけのものを得て帰るのかにつながるのだろうと思います。
当然、その時には気付かないこともありますが、目や耳から情報を入れておけば、何かの瞬間に思い出すことがあります。

身体を使うことは、実際に見ることが大切だと、いつも思います。
後でテキストや動画で見ることもできないわけではないのですが、現場で見ることは大切です。
自分が見たいポジションから見ることができる、これが最大のメリットです。
手の動きと視線の先、手の当たり具合等は、実際に施術しているところを見るのが一番の勉強です。

もう一つ大切なのは、自分が施術してみてもらうことです。
これで力具合(強さや方向)を体験してみると、よくわかります。
ただ……実際に悪くない場合には、本当の力具合は体験できませんが……。

今回も色々と勉強して帰ってきました。
それを実際の施術に活かすことができるようにならなければ……と思っています。

 JTCA@fukurou sensei(S)
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