【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【武道日記】柔道教室をしていて思うこと…… #01
2010年08月17日 (火) | 編集 |
柔道教室で子ども達の相手をしていますが、その中で「柔道をどう教えようか……」といつも思っています。
柔道大会で勝つだけのことを考えれば、スポーツとして教えた方が効率が良いのですが、いつも私の中に「No!」という気持ちがあります。
ポイントを重ねても勝ちは勝ち……と割り切れば良いのでしょうが……。

柔道の一本は、講道館(国内)ルール【注①】と国際ルール【注②】で微妙に異なります。
投げ技を考えてみると
 (1).相手を仰向けに倒す(背中を着かせる)こと
 (2).アル程度の速度があること
 (3).アル程度の強さがあること
が条件になっており、ここから1要素不足すると「技あり」に、2要素不足すると「有効」になると考えれば良いと解せます。

しかし……よく考えてみれば良いのですが……。
このルールは『何もしていない』ことを基準に考えて、『何かをした』というプラス面を「技あり」や「有効」というプラスのポイントにしていると言えます。
でも、基準を『一本』においた場合、「技あり」や「有効」は『不十分な技を掛けた』という意味になりますので、そのような技を掛けたという意味ではマイナスの意味でしかないとも言えます。

武道として考えれば後者の考え方が正当ですから、前者のように「プラスのポイント」と考えても良いのかどうか……自分の中で今でも結論を出すことはできません。

別項【注③】でも書いたように競技はルールに縛られます
そういう意味では、一定時間の中で優劣を決めようと思えば、ポイント制の導入は仕方ないのかもしれません。
でも……と思うわけです。
また「競技はルールに縛られる」ということは、競技で使用される技術もルールによって特化されていくことを意味しています。
要するに「本来、技術体系の中にあるもの」でも「ルールで使用することができないもの」となれば、練習体系の中から外れていくということです。
これにより「ルールの中にあるもの」は磨かれていきますが、「ルールの外にあるもの」は忘れられていきます。

時代の流れ……と言われれば、そうなのでしょうが、現時点では「ソレで良い」と割り切ることができません。

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【注①】
※講道館柔道試合審判規定(日本国内ルール) [編集]
 ・投げ技等において「技を掛けるか、相手の技をはずして、相当の勢い、あるいははずみで、だいたい仰向けに倒したとき」
 ・抑え込みにおいて「30秒間抑え込んだとき」
 ・絞め技、関節技等において「相手が発声または合図によって、『参った』を表明したとき」
 ・絞め技、関節技等において「絞め技、関節技の効果が十分現れたとき」
【注②】
※国際柔道連盟試合審判規定(国際ルール) [編集]
 ・投げ技等において「相手を制しながら相当な『強さ』と『速さ』をもって、『背中が大きく畳につくように』投げたとき」
 ・抑え込みにおいて「25秒間抑え込んだとき」
 ・絞め技、関節技等において「相手が発声または合図によって、『参った』を表明したとき」
【注③】
 ※参考:【仕事】評価主義・成果主義 #02-02
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