【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】東京都の青少年育成保護条例の変更【注①】について
2011年01月28日 (金) | 編集 |
このことについては、以前書いたことがあります【注②】が……。
こんなに話題に挙がらないのは何故なのでしょうか???
もっとマスコミが騒いでも良いような話だろうと思うのですが???

この条例変更ですが、色々なことを本気で考えたものとは思えない……ある意味で手抜きな条例であり、問題が大きいものだと思います。
まず、あまりにも曖昧な表現で規制しようとしていることが問題です。
何かを規制するということは、具体的に「何がどういう状態であれば違反とする」ということを決めることが原則になりますが、これがなされていません。
これをキチンと決めなければ、
 ・権力者の都合が悪いもの
 ・権力者の気に入らないもの
 ・権力者の好みでないもの
が規制の対象となる可能性が大きいことになります。
また同種同様のものであっても、一方は「相手が有名人だから……」という理由で(影響が大きいから)、何か別の理由を付けて……のような形で規制されない等の処理が取られる可能性があります。
これは、何かを規制するもの(ルール)としては欠陥があると言えます。

二点目は、これが何のためのものなのかがハッキリしないことです。
公には「青少年の健全な育成のため」と言うのでしょうが、それを言うのであれば「何が健全なのか?」を定義しなければなりません。
この「健全」という言葉は、あまりにも曖昧であり、時代によって変化するものです。
戦時中の価値観で判断するとどうなるか???
その時々で判断すれば良いということを言う人もいるでしょうが、そうであれば規制されていたものが時代の変化によって規制の対象から外れた場合には、不利益を被っていたことになりますから、それに対する責任をどう負うのか?を考えておかなければなりません。
また、この条例は「規制対象となるようなものは、犯罪を誘発する」というような単純な思想によって構築されているように思います。
しかし……この条例によって規制されようとしているようなものを見て、実際に犯罪行為を行う者がどれだけいるのでしょうか?
実際にこの条例変更が行われるまでに出回っていた規制対象となるものの数を考えれば、これによって抑止される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。【注③】
そういう意味では、これに税金を投入する意味があるとは思えませんので、そういう意味でも欠陥があると言えます。

三点目は、世界的に認められている日本の文化を衰退させる可能性があるものと言う面を持っています。
日本の漫画・アニメは、世界的に大きな評価(良い方で……です)を得ています。
その評価は、確かにトップレベルにいる一部の人たちだけなのかもしれません。
しかし、広い裾野の中から出てきているから世界に通用するのではないでしょうか?
また色々なものがあって、それを見て育っていくから世界に通用するのではないでしょうか?
それは、どんな分野でも同じだろうと思うのですが???
これによって、将来、育ったかもしれない才能の芽を摘んでしまう可能性があります。
これは、将来の経済活動に影響します。
要は「木を見て森を見ず」で作られたものでしかないと思うのですが???

そもそも、これによって規制されるのは嗜好性です。
嗜好性は、「公」に対する「個」に含まれるものではなく、「私」に含まれるものですから「公」が権力で規制するべきものではありません。
この行為は、「これを美味しいと言いなさい」とか「これは美味しくないから排除しましょう」と言っているのと同じです。
こんなことに気付かない人がいる……。

これに対して出版社(秋田書店、角川書店、講談社、集英社、小学館、少年画報社、新潮社、白泉社、双葉社、リイド社)は、来年の東京国際アニメフェア2011への不参加を表明しているようです。
東京国際アニメフェアは、世界的に大きな影響力を持ったイベントです。
経済活動への影響も大きいでしょう。
まあ、こんな条例を作るようなところに本社を置かなくても、東京都の外に移転するぐらいの気概がほしいとは思います。


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【注①】
 ・表題を「変更議論」としているのは、「改正」なのか「改悪」なのか……疑問があるからです。
【注②】
 ※参考:【社会】東京都の青少年育成保護条例の変更【注①】議論について
【注③】
 ・前回も書きましたが、統計上だけの話であれば、日本は児童ポルノ法が厳しい国に比べて性犯罪は少ない状況にありますし、児童ポルノ法が厳しい国では性犯罪が多いというデータもあります。
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【日記】こうめ
2011年01月28日 (金) | 編集 |
去勢手術のため、"こうめ"を病院に連れて行きましたが……検査の結果……肝臓の機能が悪く、手術では肝臓への負担が掛かるので、まず肝臓の機能を回復してから手術することにしました。
肝臓と一緒に胆嚢にも少し異常があることもわかりました。
とりあえず……2週間、薬で治療して様子を見ることになりました。




でも……"こうめ"は元気いっぱいなんですけど……。
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【政治】民主党政権 #04-10(財源@税制改正 #02)
2011年01月28日 (金) | 編集 |
さて……この国の税制ですが、民主党政権になってから社会主義的な発想にシフトしているように思います。
頑張って働いて成果を得ても、税金に持って行かれてしまう……そんな制度にシフトしています。
制度の根底には、「取れるところから取れ!」、「クレームが出にくいところから取れ!」……そんな発想が見え隠れしています。
これでは誰も頑張らなくなってしまう……。

資本主義には色々なマイナス面はありますが、「頑張って収入を得れば、"良い暮らし"ができる」という単純な発想が根底にあります。
それが「頑張って収入を得ても、税金で持って行かれてしまうため、"良い暮らし"ができない」のでは、労働力の搾取でしかありません。

日本経済を立て直そうと思えば、"良い暮らし"ができる人を増やす方が早いのは???と思います。
要は、「頑張って得た収入を使ってもらう」ところからスタートした方が良いのでは?ということです。
「それなりの収入を得た人が貯金してしまう……そんな状況だから、お金を使ってもらえない」と言うのは、責任回避です。
貯金する側からすれば、「先が見えないから、蓄えておく」というだけの話です。
先(未来)を示せば良いのですが、その場しのぎなコトばかりしていて、先に繋がる何かを提示できていない……そういうことでしかないと認識する必要があります。

どうやって税金を集め、どう再配分するのか?
難しいテーマではありますが、根本から考えなければならない時期に来ているのではないでしょうか?

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【社会】国会での「薬害エイズ事件」を例にした発言について
2011年01月28日 (金) | 編集 |
今国会の参議院での代表質問において、B型肝炎訴訟イレッサ訴訟に関して、また天下り問題に関する代表質問でも所謂「薬害エイズ事件」を例に出した発言がありました。
この発言を聞いて『何でも同列に考えることは問題があるのではないか?』と思いました。

B型肝炎訴訟・イレッサ訴訟・薬害エイズ訴訟は、各々にその問題の質が異なります。

B型肝炎訴訟について、最大の焦点となっているのは注射器の使い回しです。
これを『その当時の常識的な考え方と比較して、問題があったのかどうか?』が、そもそもの問題の根本です。
これを現在の常識で考えてしまわないことです。
そして、この事案は予防接種によって発生していますから、基本的には「病気でなかった者が、病気になってしまった」という問題です。

イレッサ訴訟については、肺癌治療に対する治療薬の問題です。
その意味で「病気でなかった者が、病気になってしまった」というB型肝炎訴訟とは問題が異なります。
また、そもそも薬の作用と副作用は、表裏一体です。
重病に対する治療薬は、軽い病気に対する治療薬と比較すると大きな作用を持ちます。
これは、その反動も大きいということであり、これは薬を使う以上、ある程度は仕方がないものです。
副作用のない薬は、効果のない薬しかない……それが前提です。
あるとすれば……プラセボだけでしょう……。
また、この問題には『ドラッグ・ラグ』の問題が密接に関係し、切り離すことができません。
この新薬の早期承認を求める声が大きいということも前提として考えておく必要があります。

そして薬害エイズ事件についてですが、この問題は血液凝固障害に対する治療薬の問題で、そういう意味ではイレッサ訴訟と同様「病気でなかった者が、病気になってしまった」というB型肝炎訴訟とは問題が異なります。
また、この事案についてはエイズという新たな病気の発生が問題の根底にあります。
これについては、詳細は別に書こうと思っていますが、世界的な研究や関係する出来事を時系列に並べて考える必要があります。
その結果、非加熱製剤によるエイズ感染は世界中で発生していますが、基本的には『災害』的な対応が基本となっています。
医師個人が逮捕~起訴されたのは、日本だけではないでしょうか???(判決は無罪でしたので、妥当なものでしたが……)

このように根底にある問題が全く異なる事案ですから、これらを十把一絡げ的に考えることは問題です。
それではキチンとした問題の整理はできません。
と言うことは……キチンとした対策を作ることができない……ということです。
薬の副作用による訴訟の際に「薬害エイズ事件の反省が活かされていない」という話を聞きますが、そもそも「血液凝固障害に対する治療薬によるエイズ感染事案」を「薬害エイズ事件」としてしまったことが、キチンとした対策を作ることができなかった原因だろうと思っています。
物事を「事件」にしてしまうと、各々の持っている特殊性(要するに個別の事情)をメインに対応を考えることになります。
そうなると事情が異なるモノについては、キチンと対応できないモノになってしまいます。
これが他国のように『災害』として捉えた場合にはどうでしょう?
この場合には、神戸震災後の地震対策を見てもわかるように枝葉よりも幹となるものを整理しますから、特殊性に左右されにくいモノを考えることができます。
もし……という話になってしまうのですが……「血液凝固障害に対する治療薬によるエイズ感染事案」の段階でキチンと整理できていれば、その後の所謂「薬害」はアル程度は抑えることができたのかもしれません。
まあ、裁判のための戦略として、または報道する際には、薬害と冠した方がインパクトがあって良かったのでしょうが……。

医療に関する訴訟は、まず「事件」と「災害」を切り分ける必要があります(一般の医療訴訟であれば、「ミス」と「事故」)。
そして『その当時の常識的な考え方と比較して、問題があったのかどうか?』を判断する必要があります。
その上で対応や対策を考えなければ、同じコトの繰り返しになってしまうのではないか?と思いますし、リスクのトレードオフにしかならない場合やより大きなリスクが発生してしまう可能性があります。

国会での「薬害エイズ事件」を例にした発言を聞きながら、そんなことを思いました。
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