【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】宮城県の性犯罪前歴者に対するGPS携帯の所持についての条例の制定検討について
2011年02月04日 (金) | 編集 |
多くのメディアが取り上げていますが、【注①】「とうとう」と言うべきか……「ようやく」と言うべきか……この種の法令について、真面目に考えるようになって来たようです。
日本において、この種の議論はタブーに近いモノがありますので、勇気ある行動と言っても良いでしょう。

この種の法令が議題に挙がると、必ず出てくるのが「基本的人権の制限」という意見です。
そもそも法令は、直接的に / 間接的に……どこかで「基本的人権の制限」を行うものですから、この種の法令についてのみ「基本的人権の制限」を口にするのは、変なのですが……。

さて、この国は法治国家であり、根底にあるのは『法のもとの平等』です。
したがって、「何でも平等」とされているわけではありません
そして、法は「多数の人が幸福になるため」に定められるものであって、そこに私的な事情が入る余地はありません
逆に言えば、法令では「私的なことをを縛る」ものは作ってはいけない……ということでもあります。
これが「公・個・私」という考え方の基本です。【注②】

統計的な数字を見てみると、強姦の犯罪者が再び性犯罪を繰り返す再犯率は15・6%(10年版の犯罪白書による)ですから、100人に15~16人、10人のうち1~2人は同様の犯罪を繰り返しています。
この数字を見れば、「そういう人に近所にいてほしくない」という気持ちになることは理解できるでしょう。
また、そういう人が近所にいる場合には、何らかの抑止力が必要だという気持ちになることも理解できると思います。
これを人的労力で行うとなれば、相当の対価を準備する必要がありますし、そのための法令整備も必要となります。
その意味では、他国が行っているようにGPSによる監視を不当とする理由は見当たりません

ここで問題になるのが、GPSの所持が「私的なことを縛る」ことになるのかどうか?ということです。
これは、場所を特定されるということが「私的なことを縛る」ことになるのかどうか?という問題ですから、私的な空間における詳細情報までは必要なく、公的空間のどの辺りにいるのか?とか……その程度がわかるものであれば、クリアしてしまうと思います。
要するに、これはGPSの精度の問題であって、少し前のカーナビ程度の精度であれば問題ないように思います。

報道には、
 「人間同士の信頼感をなくす表面的な手法。性犯罪の厳罰化、出所後のケアに力を入れるべきだ」
 「罪を犯した後に心を改めた人もいる。監視すれば何とかなるというのは短絡的な考え」
 「女性が駆け込める機関や、相談組織の整備などを進めるべきだ」
 「再犯防止の点で正しい……規制強化で加害者がふさぎ込み、自殺する可能性も考えられる。再犯防止に向けた教育など別の方法を検討する余地もある」
等の否定的な意見があります。
しかし、これらは第3者であれば……言えることであって、実際の性犯罪被害者やその家族であれば口にすることはできないことだろうと思います。
監視される側の私的事情を考えるのであれば、実際の性犯罪被害者やその家族側の私的事情も考えなければなりません

この種の法令が問題になるのは、拡大解釈がされる可能性がある!という点です。
これについても報道には、
 「何事も監視する窮屈な社会になりそう。独裁政権の国を連想させる」
 「性犯罪者以外にも監視が及ぶようになるかもしれない」
等の意見もありました。
東京都の青少年育成保護条例の変更【注③】についても同様ですが、この種の法令を考える時に最も必要なのは、「拡大解釈できなくしておくこと」です。
つまり「対象を細かく制限しておくこと」が必要となります。
これをしなかったのが、東京都の青少年育成保護条例の変更であり、この条例は大きな欠陥を抱えたものと言えます。

今のところ「議論のテーブルに載せましょう」というところです。
賛成派も反対派もヒステリックにならず、議論する必要があると思います。


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【注①】
 ※参考URL:性犯罪:前歴者にGPS携帯 宮城県、条例制定検討へ(毎日新聞 2011年1月22日 12時41分)
 ※参考URL:宮城県、性犯罪前歴者のGPS監視検討 唐突な表明に不信感も(河北新聞2011年01月23日日曜日)
 ※参考URL:性犯罪前歴者にGPS携帯義務づけ 宮城県が条例検討(MSN産経ニュース 2011.1.22 22:42)
 ※参考URL:性犯罪前歴者にGPSの携帯義務付け 宮城県が条例検討(朝日新聞 2011年1月22日15時3分)
 ※参考URL:性犯罪やDV前歴者をGPSで監視検討、全国初(読売新聞 2011年1月23日01時31分)
 ※参考URL:宮城県、性犯罪前歴者にGPS案 警察監視、DNA提出も(2011/01/22 16:15 共同通信)
 ※参考URL:性犯罪者前歴者にGPS「人権侵害目的でない」 宮城知事(日本経済新聞 2011/1/24 22:36)
【注②】
 ※参考:【社会】公と個と私
【注③】
 ※参考:【社会】東京都の青少年育成保護条例の変更議論について

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【政治】民主党政権 #24(社会保障)
2011年02月04日 (金) | 編集 |
社会保障について、色々なことを言っているようですが……根本的な考え方が見えてきません。
一番見えないのは、年金問題です。
この問題の根底にあるのは、『「どれだけの負担」に対して「どれだけ給付」されるのか?』ということです。
そして『「どれだけの負担」に対して「どれだけ給付」されるのか?』に対して、どう世代間の公平を保証するのか?ということに他なりません。
ここをキチンと整理しなければ、公平とか公正とか平等とか……そういう言葉は出てこないはずです。
しかし、この根本的なところについて、どう考えているのか?全く説明がありません。

多くの負担を背負うのであれば、当然ですが給付も多くならなければなりません
また世代間の公平を謳うのであれば、どう公平なのか?を示す必要があります。
これらを解決しようとすると……
 (1).どの年度かを基準として年間支出基準額を定める。
 (2).(1)で定めたものに対して物価上昇指数等を掛けて各年度の年間支出総額を算出する。
 (3).(2)で算出したものを人数で割り戻して、個人に支給する。
……これしか方法はありません。
こうすれば、多数であったために個人毎の負担が少額だった世代は、個人毎の給付も小さくなります。
一方で、少数であったために個人毎の負担が多額になる世代は、個人毎の給付も大きくなります。
したがって負担と給付のバランスを取ることはできます。
また世代間でもバランスが取れるでしょう。
もちろん「完全に」ではありませんが……。

しかし、この方式を採ろうとすると、現在、年金支給を受けている世代への支給額は少額にならざるを得ません。
そうなると選挙の票に影響が出ますから、どれだけ公平・公正・平等……と言葉を並べても実施しないでしょう。

では、どうするのか???
これまでの施策をみていると『取れるところ(文句が少ないところ)から取れば良い』という方針を採っています。
要するに「頑張って儲けた人から、多く取り立てる」ことで数字合わせをしています。
頑張れば良い暮らしができるようになる……これが懸命に働くモチベーションの基です。
このモチベーションを削ぐような方向に向かうということが何を示しているのか???
この発想では、「頑張って勉強すれば、将来、良い暮らしができるようになる可能性が大きい」という考え方を否定してしまいますから、新たな産業が生まれる可能性も否定してしまいます。
この辺りの想像力が貧困というのか……。
「何をする」と「どういう影響が出るのか?」ということを考えていない、あるのは思い込みだけ……これではマトモな政策を作ることはできません。
そして……これでは社会全体の成長は止まってしまいますから、一層、財源不足になって行きます。

共通番号議論も良いでしょう。【注①】
年金支給開始年齢の引き上げ議論も良いでしょう。【注②】
しかし、そこには「公平・公正・平等があってこそ!」です。
何をもって「公平・公正・平等」なのかを示した上で、議論を展開してもらいたいものです。


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【注①】
 ※参考URL:社会保障4月に改革案…共通番号議論も首相指示
【注②】
 ※参考URL:年金支給開始年齢、引き上げ検討…与謝野氏

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【社会】大相撲八百長疑惑
2011年02月04日 (金) | 編集 |
この件については、アチコチで話題に挙がっていますから、少し変わった視点で書いてみたいと思います。
何かを考える時に視点の設定がいかに大切か……ということを感じてもらえるかもしれません……。
内容が気に入らない!という人もいるでしょうが……。

この件については、野球賭博についての捜査過程で発見した情報の一部を文部科学省に提供したことに端を発しています。【注①】
この案件を考える場合、この是非をキチンと考えなければならないでしょう。
というのは……ここで提供された情報は、そもそも野球賭博には関係のないものです。
それを捜査の過程で目にしたからと言って、公の情報として良いのかどうか?という疑問が残ります。
これを認めてしまうと「何でも捜査の対象としてしまえば良い」とか「関係するかもしれない人も捕まえてみて、情報を聞き出してみれば良い」とか……そういう危険な方向に進む可能性を持っていることだからです。
また、八百長行為に対するアクションが警察の領分か?と言えば、そうではありません。
本来、関係のないものについて何らかの権限を執行するということは、越権行為に当たります。
そう考えると「本来の捜査対象外のものについて何かをする」ということは、越権行為とも考えられます。
これらから、そもそも『野球賭博についての捜査過程で発見した情報の一部を文部科学省に提供した』という行為の是非は、考えておく必要があるのではないか?と思います。

続いて……毎度おなじみの民主党政権についてです。
まずは菅首相のコメントから……。
菅首相は「これが八百長があったとしたとすれば、大変重大な、ある意味、国民に対する背信行為とも言えることであります」と述べたようです。【注②】
でも……衆院選のマニフェストを実行できない(工程表的には、既に実行できていない)ような状況にある民主党の党首が、言うことができる言葉とは思えません。
どちらかと言えば、民主党政権のやっていることの方が「大変重大な、ある意味、国民に対する背信行為」だろうと思うのですが、いかがでしょう?
自分たちのことは棚にあげて……ですから、都合の良い棚があったものだと思います。
次いで枝野官房長官のコメントについてです。
枝野官房長官は「八百長が蔓延しているような法人であれば、公益認定を得ることは難しい」と述べました。【注③】
しかし国会という議論を行う場で、キチンとした議論もしないで強行採決するのはインチキです。
そして八百長もインチキですから、ある意味で八百長と同グループに属した行為を行ったということになります。
そういうことをした民主党に属している人が……と思います。
そして蓮舫行政刷新相のコメントについてです。
蓮舫行政刷新相は「最低限の条件は公正なルールの下で競技が行われていることだ。……現段階で(公益財団法人として)認めることは、厳しい」と語りました。【注③】
しかし……これも菅首相や枝野官房長官のコメントと同様です。
このコメントの言葉を変えてみましょう……。
そうすると「国会の最低限の条件は公正なルールの下で議論が行われていること」とすることができますが、それを強行採決という形で好き勝手している政党に属する者が口にするとは……と思います。
こうしてみると自分で己の首を絞めているようなものばかりなのですが……。
どうやら『他人にはキツく、自分には優しく』が民主党政権の本質ではないか……そう思えます。
こんなことを口にする前に自分たちのことをキチンとしてはどうでしょう?

さて……報道ベースで色々と騒がれています【注④】が、そもそも大相撲って何なんでしょう?
相撲は国技である、では大相撲は???と考えてみる必要があるように思います。
相撲そのものは神事ですが、それと大相撲が同じモノかどうか……
つきつめて考えると……お金を取って見せるものである以上、エンターティメントの一種と考えても良いのではないか?と思います(大相撲ファンには怒られるかもしれませんが……)。
そう考えれば、今回の事案が「ここまで大騒ぎすることなのか?」とも思います。
「タネも仕掛けもない」と言いながら、それらなしでは成立しない手品(マジック)を見て文句を言う人はいません。
チャンバラを見て、最後は悪代官が斬られるのですが、これを八百長と言う人もいません。
エンターティメントとは、そういうものです。
真剣勝負というイメージがありますから、それに対する裏切りとは思います。
でも……「大相撲は真剣勝負」と協会側が宣伝したという記憶はなく、そういう意味では勝手な思い込みなのかもしれません。
もし筋書きが決まっていたとしても、それを真剣に演じているのであれば、ソレはソレでいいのでは……と思うのですが……。
そういう意味では「無気力相撲」は問題だ!とは思います。

もう一つ、このような行為は「評価主義や成果主義が行き過ぎると発生するもの」とも言えます。
大相撲では、勝たなければ昇進できませんし、昇進しなければ"それなり"の収入は確保できません。
要するに成果主義が貫かれたものと言えます。
そうなると、お互いに競争しているように演じてみせて、実は協力体制を取る……そういう手段は珍しいものではありません。【注⑤】
大相撲が評価主義や成果主義を取り入れている以上、どこかで発生するものだったと考えられます。
Risk Management的に問題があるとすれば、このようなことが発生しないような仕組みが作られていなかったことであって、個の問題ではありません。
そもそも……問題となっている行為は『Win-Win』の関係で成り立っています。
そうである以上、発生しない方がおかしいと考えなければなりません。

少し切り口を変えてみると……こんな風にも考えることができます(八百長という行為そのもの是非とは別の話です)。


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【注①】
 ※参考URL:八百長情報、公益性高いから提供…警察庁長官
【注②】
 ※参考URL:八百長問題で首相「国民に対する背信行為」
【注③】
 ※参考URL:八百長蔓延なら公益財団認定せず…枝野官房長官
【注④】
 ※参考URL:相撲協会が会見へ、2日には処分しない方針
 ※参考URL:12人から聴取、確証得られず…大相撲八百長疑惑
 ※参考URL:力士、親方ら全員にアンケート実施…調査委
 ※参考URL:力士「八百長」認める、メールに13人の名
 ※参考URL:八百長、3人認める…文科相が明らかに
 ※参考URL:放駒理事長が陳謝「事実なら厳重処分」
 ※参考URL:三段目力士が仲介か、恵那司らメール50回
 ※参考URL:3力士、賭博も関与…八百長「お答えできない」
 ※参考URL:「無気力相撲=八百長」放駒理事長が認める
【注⑤】
・別項(参考:仕事(評価/成果主義))で評価主義や成果主義の問題点等を書きました。
・「お互いに競争しているように演じてみせて、実は協力体制を取る」という行為は、それでマクロで益が発生するのであれば、手段としては否定されるものではありません。

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