【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】言葉と文化 #02
2011年12月05日 (月) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

評価主義や成果主義、Risk Managementそのものは、『発想としては間違っていない』と言えますが、これを運用できるかどうか文化的な背景を無視することはできません。
この背景にあるのが、「言葉によるコミュニケーションがキチンとできるか?」という文化です。
この「言葉によるコミュニケーション」ですが、これが難しいのは立場に関係なく『正しいモノは正しい』とか『間違っているモノは間違っている』と判断できることが前提になります。
要するに前回の「I」に対する日本語のように、立場によって変化するのではダメだということです。

評価主義や成果主義、Risk Managementは、言葉によって成立します。
これは何かの判断をする時に「なぜそうなるのか?」を説明しなければならない義務を負い、相手からの質問には回答しなければならないというのが前提となります。
そして、その説明には客観的な視点での根拠が必要となりますので、立場が上だからといって「俺が思うから、コレだ!」とは言えません。
これは質問する側にも問われることで、文句は受け付けてもらえず、受け付けてもらえるのはclaim【注②】だけになります。
これができて「言葉によるコミュニケーションがキチンとできている」ということになります。
評価主義や成果主義、Risk Managementは、「言葉によるコミュニケーションがキチンとできている」ことが前提であり、それは両者が言葉を使って最適化していくということです。
要するに「一定の基準を定め、その基準で判断していく」というわけではなく、『基準は定めるが、人間が運用するのだから価値観が異なるため、その運用は「言葉によるコミュニケーションをキチンとする(できる)」ことが前提になければならない』ということです。【注③】

「暗黙の了解」が大きな日本の文化とは、ここが相容れないところです。【注④】


(続く)


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【注①】
 ※参考:【社会】言葉と文化 #01
【注②】
・何度も書きますが、claimは「正当な権利を主張すること」であって、何でも言えばよいという日本語の苦情とか和製英語のクレームとは異なります(当然、"クレーマー"はclaimerではありません)。
・ちなみに苦情はclaimではなく、objectionです。
【注③】
・Risk Managementについても、「危なそう……」とか「危険かも……」では最初から話のテーブルには載りません。
・Risk Managementで必要となるのは、「どれぐらい危険なのか?」という根拠を示すことであり、これがあることが話のテーブルに載る前提となります。
・そういう意味では、日本の報道レベルでは話にならないということです(日本の報道関係者は「注意喚起」という意味で報道しているのかもしれませんが、実際には危険でないものを危険と言っていたりしますので、問題の方が大きいことを知っておく必要があります)。
【注④】
・「そうすれば良いのだろう」と簡単に考える人は、文化をキチンと理解できていません。
・文化は言語で規定され、逆に言語は文化に規定されます。
・簡単に言えば、英語圏で運用されている制度は、英語(もしくは同じ系統の言語)で考え運用しなければ上手く運用できません。
・これを日本語で運用しようとすれば、制度の中で使う言葉の定義をしなければ上手くいきません。
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