【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【日記】まーふぃー : どう考えても……
2012年11月17日 (土) | 編集 |
窓際で横になるマーフィー。
腹を出して寝るよりは良いのですが、寒くなってきたので冷えないか???と思ったり……。

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でもコウメのクッションを枕に気持ち良さそうに寝ています。

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しばらく放っておくと……移動を始めたマーフィー。
移動するだけでなく、膝掛けに上手に潜り込んで……。

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マーフィー、どう考えても……それはおかしいと思うけどなあ~。
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【医療】Twitterにて
2012年11月17日 (土) | 編集 |
「Twitterでつぶやいた」というようなことを書いたら、「何を書いたんだ?」という連絡が入りました。
そういうことを連絡してくる知人は、私の性格をよく知っていて、このブログの【日記】や【Diary】以外のカテゴリを楽しみにしているらしく、その類のことを書いているのだろうと想像しているようです。
まあ……大きくは間違ってはいないのですが……。

で、2ちゃんねらーでもないのにボチボチと書いていたのが、医療関係の話です。
話題の元は、公立病院と民間病院の看護師の給料の話です。
比較すると公立病院の給料が高いので、給料を下げる……そんな話です。
で、Twitterには文字制限がありますので、書きたいことが書き切れませんので、ここで……。


看護師さんも色々で、同規模の病院を比較しての話なのでしょうか?病院と診療所、救急対応の有無などの違いで求められるものが違います。それを考慮した上で「高すぎる」という判断なのでしょうか?


単純に『高い/安い』というのは、あまりにも安直すぎます。
規模や診療科によって、そこで働くスタッフが抱えるリスク(ストレス)の大きさは違います。
救急対応する病院であれば、帰ることが出来ない状態になることは珍しくありません。
それは救命だけの問題ではなく、そこのベッドを空けるために移される先の病棟にも影響することですから、病院全体が抱えるリスクです。
ですから同(類似)規模・業務を比較しなければなりませんが、これを全体論で語ってしまう……。
これが医療全体のリスクを高めている一因です。


こういう発想が「看護師資格は持っているが看護師として働いていない」人を増やしているのでは?これでは医療現場(の質)を保てないと思います。公立病院は、最後の砦のようなものでは?そこでは質を保つのが最重要だと思います。


そういう全体論が蔓延し、『医療』が生命に関わる分野であるという意識が小さくなってしまった結果が、看護師資格は持っているが看護師として働いていない人を増やすという状況です。
抱えるリスクに見合ったもの(つまり対価です)を支払わない限り、この状況は拡大します。
それは医療に関わる人員を減少させる(そうでなくてもスタッフ側の人員は少子化の影響で減り、患者側は高齢化で増えているのが現状です)ことに繋がり、医療のリスクを高めます
リスクが高まれば、また離職者が増える……そんな繰り返しが起きています。
医療の質を保つ(最低条件であり、本来は高めなければならないのですが)ためには、生命に関わっているということを前提に考えなければなりません。
その意味では、公立病院の給料が高いのではなく、民間病院の給料が低いだけです。
これは保険点数による支払いという日本の医療制度上の問題ですから、単純ではありません。
しかし……それを現場に押し付けていては、問題は解決できず、それどころか複雑化します。


公立病院は、民間病院と同じ(対象、対応、質……)で良いと解釈して良いのでしょうか?そうではないから公立病院があるのでは?現状では、民間で収益があがりにくいところを埋めているのが公立病院の存在意義だと思っていますがどうでしょうか?


公立病院が赤字体質なのは、民間とは体質が異なるからです。
民間病院では、赤字体質になる診療科には手を出さず、手を出したとしても閉鎖という選択が可能です。
また訴訟リスクについても同様です。
これが産科・小児科が不足する原因ですし、救急が拡大しないのも同様です。
公立病院が赤字であることが良いとは言いませんが、構造上の問題ですから、そこにメスを入れない限りどうにもなりません。
まあ……「公立病院が嫌なら民間に行けばよい!」という人がいますが、そうなれば民間が手を出さないような地域には病院はなくなり、もしくは必要な診療科がなくなってしまうという状況になります。
これが患者側のリスクを高めるだけだと知っておかなければなりません。


日本の医療は、医療従事者の善意で支えられていると思います。その限界を超えると医療崩壊が起きているのでは?と。そろそろ「何をしているのか」に合う対価を考えても良いように思います(支払えるかどうかは分かりませんが)。


国際的な比較を見ると分かるのですが、日本の医療従事者数は医師だけでなく、スタッフ全体が少数です。
その状況で、どうやって現場を支えているのか?と言えば、結局は医療従事者の善意でしかありません。
でも……それにも限界があります。
結果が現状です。
もう少し、日本国民は医療についてキチンと考えるべきだと思います。


あまりにもサービスという言葉を振り回した結果だと思います。医療に限らず公共性が強いものは、サービスという言葉で括ってはいけないのでは。医療については、対象としているのが生命(健康)で、「もの」や「こと」と同じ感覚ではダメと思います。


カタカナ英語のサービスは、無料だとか便利だとか……暗黙のうちにそれらを内包していますが、本来の意味では「対価を支払って受けるもの(こと)」です。
1万円と1千万円では、受けるサービスは異なるということです。
分かりやすく言えば、「自転車を購入する金額では、飛行機は買えない」というだけの当たり前の話です。
しかし、これを無視したのがカタカナ英語のサービス。。。
これが礼儀・作法、マナーを衰退させている主因だと思います。
さて……多分、【整体】のカテゴリで書きましたが、人体(動植物でも同じです)を相手にする場合、最大のリスクファクターは個体差です。
分かりやすく言えば「受ける側の身体」だということです。
機械のようにキチンとした設計書があって、同じ部品が組み合わさっているわけではありません。
その意味では「修理」と「治療」は別物です。
しかし……それを同一視している人がいます。
直接は言っていなくても、医療従事者に支払われる給料を修理作業従事者や事務従事者等と比較すれば同じことです。
あくまでも『対象としているのが生命(健康)』であって、それは『「もの」や「こと」と同じ感覚ではダメ』だと思います。


どういう方向を向くのか?は色々な考え方があるとは思います。施設の集中も一つでしょうが、設備だけを集中するのも一案です。これらは検査~診察~治療までに今以上の時間を要することや移動距離が増えるので負担感は大きくなることが考えられます。どこを我慢するか?ですが。


これは不要な公立病院があるから……という書き込みに対するものです。
日本の医療が保険で支えられている以上、『Cost,access,quality.Pick any two』が適用されます。
要するに①医療コスト、②医療機関へのアクセス、③医療の質のうち2つまでであれば選んで良い(2つまでしか選べない)ということであり、
 ・例1:①コストと②アクセスを選ぶと③医療の質を下げなければ制度として成立しない。
 ・例2:①コストと③医療の質を選ぶと②アクセスを下げなければ制度として成立しない。
 ・例3:②アクセスと③医療の質を選ぶと①コストを上げなければ制度として成立しない。
ということです。
その意味では、『施設や設備の集中』はコストを小さくする一案です。
ただし、それで医療の質が担保されるわけではありません。
あくまでも最低条件にすぎません。
集中された先には、それだけのスタッフと設備が必要になります。
『施設や設備の集中』で抑えられるコストは、「稼働していない時間分のもの」と「重複する管理作業の分」だけです。
一方で質を担保しようとすると、集中させた先に設備とスタッフを揃えなければなりません。
難しいのは、スタッフが揃うか?という問題です。
またアクセスが悪くなりますから、その負担増はどうにもなりません。
そこまで理解した上でなければ、施設や設備の集中を簡単に口にすべきではないでしょう。


勤務医だけでなく看護師を含めて、(国際比較で)少ない医療従事者の数で何とかしている状況は、綱渡りとしか思えません。そろそろ医療従事者の善意に頼った構造を変えないと医療の供給者・受給者ともにリスクが拡大していくように思います。


リスクが高いにも関わらず、労働(作業)に見合った額の支払いが受けらないのでは、離職者は減りません。
そのために現場のリスクは拡大していきます。
それによって……さらに離職者が増えていく……その繰り返しが、医療を崩壊させている原因です。
この状況は、医療従事者の現場リスクを高めますし、それは結局は患者リスクを高めるということです。
質の高い医療を求めるのであれば、その能力を有した者を雇わなければなりません。
それには、それに見合う対価の支払いが必要です(要するに高額になるということですが)。
それが理解できるのかどうか……。


医療を支えているのは人です。そのようなことを実施するためにどれだけの人員を必要とするのか?その条件で人員が確保できるのか?それだけの話です。人員が確保できなければ実施できません。無理をすれば運営ができなくなるリスクを背負います。


これは公立病院に年中無休24時間診療してほしいというツィートに対するものです。
条件として給料を世間並みで……ということです。
私は可能であれば公立病院の年中無休24時間診療に反対はしません。
ただし、これを実施すると大きな財政負担が必要となります。
もともと日本の医療は、国際比較で考えれば少数で支えられています
言い換えれば国際的には劣悪な環境で医療従事者は頑張っているということです。
基本的に医療費が皆保険で支えられており、医療費負担も小さく、それは医療従事者の所得も大きいとはいえません(国際比較です)。
そういう諸々のことを考えると、まず民間病院の医療従事者の所得を上げなければ、今後の医療は支えていけないでしょう。
そして医療従事者数を国際的な水準まで引き上げることで環境を整えていかなければなりません。
ただし保険制度の中で実施しようとすれば、今以上の保険負担が必要となります。
安心・安全な医療は、決して安価ではありません
それをこれまでは医療従事者の善意で支えてきていたに過ぎませんが、限界を超えてしまったところから医療崩壊という綻びが拡がっているのだと思います。

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