【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【日記】まーふぃーvsこうめ : 仲良し
2012年12月07日 (金) | 編集 |
今日は仲良しのマーフィーandコウメ。
一緒に膝に乗っています。
最初はマーフィーが独り占めしていたのですが、途中でコウメが割り込んできました。
で、この格好に落ち着きました。

 mfy-ume@20121207nakayoshi01.jpg

中途半端な格好になったマーフィーですが、その状態のまま眠りに入りました。
こんな格好でよく眠れるなあ~と思うのですが、マーフィーは気にならない様子。

 mfy-ume@20121207nakayoshi02.jpg

一方のコウメは、落ちないようにしがみついています。
マーフィーが動くと落ちそうになって、かなり不安定なのですが、それでも膝の上が良いようです。

 mfy-ume@20121207nakayoshi03.jpg

まあ……暖かくて良いのですが……。
でも……さすがに重いんだよ~。
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【Diary】Twitterにて
2012年12月07日 (金) | 編集 |
Twitter文字制限がストレスです。
書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。


▼頭の仕事は、手足から情報を受けて判断することです。現場の状況をインプットしないで、自分のイメージで考えるのは、手足からの情報なしで身体を動かすのと同じで、適切な判断はできません。組織のTOPは頭と同じですから、まず現場からの情報が必要です。


これは看護師の給料を引き下げようとする経営者に対するものです。
頭(具体的には脳)は、それ自体は他者に対して直接何かをすることはできません
基本的な頭部の機能は、外部からの情報を仕入れることであり、脳は判断することです。
判断に必要な情報は、手足(末端)が感じ取りますから、そこからの情報がなければ的確な判断はできません。
それは組織も同じです。
末端からの情報を受け入れ、それを判断するのがTOPの仕事です。
しかし……TOPの頭の中にあるイメージだけで判断している組織があまりに多い……。
身体で「外部からの情報を遮断し、脳の中だけで考えること」は、妄想と言います。
それと同じではないか?と思います。
結局、これが私の視点なのでしょう。
身体をベースに考える……それが妥当かどうか?分かりませんが……。


▼この国は、いつからか生物学的なヒトに関わる職業を軽くみるようになっています。医療がその代表で崩壊の危機です。保育や学校はヒトを人間に育てるのですから手も掛かりますしストレスも大きい職種ですが、理解されません。なんでこんなことになってしまったのか?と思います。
▼有資格者は多いが、現場にいないのは看護と同じですね。ストレスの大きさが理解されないから、ないがしろにされる……結局、現場に必要な人員を確保できない……。原因がなにか?を考えていないのか?と思います。
▼そもそも他人の子に何かを教えるとか、一緒に何かをするということは簡単ではありませんが、それが理解できないのでしょうね。自分の子を育てるのとは全く違うのですが……想像力が足りなさすぎです。
▼生物学的な意味のヒトに関わるということは、モノやコトに関わるのとは違います。それがないからヒトに関わる職種で疲弊とか崩壊とかと言われる現象が起きているのだと思います。それはリスクを高めているだけなのですが……。


もともとおかしいのは、生物学的なヒトに関わる職業を軽く考えているという状態です。
その存在を維持するために必要な最低条件が生命であり、求められているのが健康なのですが、その職が抱える仕事量やストレスを考えることがなかった結果、崩壊と言われるようになったのが「医療」です。
生命体であれば皆が通るのが老化ですが、その時点に必要とされる介護には、必要な財を投入しないために人材を確保できません。
教員保育は、生物学的なヒトを人間に育てるための職であり、大きなストレスが掛かりますが、それを理解できない人が多すぎます。
他人の子に関わることは、自分の子に関わるのとは全く質が異なります。
それが分からない……。
結果として看護と同様、有資格者は多いものの現場で人員を確保できないという状態になっています。
これらの職種に共通するのが、「モンスター」と呼ばれる家族を生みやすいということです。
これが全てを表しています。
個体差を理解できない……だからストレスの大きさを想像できない。
そういうことだろうと思います。


▼生物学的な「ヒト」に関わる職業の方に掛かる負担の理解が足りないことが、医療(介護含む)・福祉・教育(保育含む)分野が上手く機能していない原因だと思います。それらを支えるのは人。その人達を支えなければ、セーフティネットは機能しません。
▼私は簡単に医療(介護)・福祉・教育(保育含む)分野等の生物学的な「ヒト」に関わる業種の人の負担を増やす人を信用しません。そういう人は結局、人を見ていない。特に現場を見ないで頭の中だけで結論を出そうとする人は、人を不幸にすると思いますから。


これは上記のツィートの続きです。
頭には頭の、手足には手足の仕事があるとは言いますが、それは各々の部位がキチンと情報の疎通が出来ている場合に限られます。
手足からの情報を入れないで、頭(脳)の中だけで考えていては、「好み」というバイアスでしか判断できなくなります。
それでは必要な力加減もできません。
それが社会の中では、普通だと思われています。
しかし……決して普通ではありません。
頭(脳)の役割を持った者には、それが異常事態だと気付いてもらわなければ……と思います。


▼感情を理性で抑え込みすぎたのかも……と思います。生物学的なヒトに近い部分を、というべきなのかもしれませんが。それがモノ・コト優位でヒトに関わる場を軽くみているということに繋がっているのかも……と思います。でも感情が優位になりすぎるのも問題ですよね。難しい……。


これは「理知が負の感情を抑えた上で、感情が理性を上手く動かていくことが理想的」という内容のツィートに対するものです。
医療介護保育教育……そういうヒトに近いところにある職種が軽く見られているのは、感情というヒトに近いものを理性(や知性)という人間的なもので抑え込んでしまったのが原因ではないか?と思います。
それは老病生死を身近な空間から切り離してしまったことにも影響されているのだろうと思ったりします。
ヒトに近いことに関わる職種は、間違いなく手が掛かります。
個体差がありますから、数字やモノ、コトを扱うのとは違います
ところがモノ、コトが重要視されると、ヒトに近いことの大変さが想像できなくなります。
なんといっても想像する基がないのですから……。
これがヒトに関わるという大切な職種が疲弊している原因なのだと思います。
ただ、感情が優位になると人間社会は成り立ちません。
それを抑制することが前提にできているのですから。。。


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