【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【日記】まーふぃーvsこうめ : リビングにて
2012年12月25日 (火) | 編集 |
Merry Christmas!
さてクリスマス本番です。

部屋の中をダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!していたコウメ。
急に静かになったと思ったら……今度はガサゴソ・ガサゴソ。

 mfy-ume@20121225neru01.jpg

忙しいコだなあ~。

一方のマーフィーは、正反対(今日は)。
密着してダラダラしています。

 mfy-ume@20121225neru02.jpg

コウメ、ガサゴソするとテレビの音が聞こえないんですけど……。
マーフィー、重くて足が痺れてきているんですけど……。
まあ……良いんですけどね、それで君たちが良いのなら……。

でもね~ケーキが出ると態度が変わるんだろうなあ~。
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【組織】Twitterにて
2012年12月25日 (火) | 編集 |
Twitter文字制限がストレスです。
書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。


▼お稽古に行くと色々なことを思ったりする。同じコトを聞いても、人によって出来ることに上手・下手が出る。それは言葉が通じているのかどうか?の問題もあるが、実際に見たり体験しても差が出る。理由は多分……脳へのインプットが上手で出来ていないため、(続く)
▼イメージを上手に作ることができていないか、もしくはイメージは上手に作れていても全身へのアウトプットを上手く伝えることができていないか……。そんな時は、目を閉じてスピードを落として動きを反復しながら、身体に動きを覚えさせると動きが修正されやすい。(続く)
▼どうも目を閉じてというのが大切なようで、それによって全身で感じるモノを上手く脳が捕まえやすくなるのでは……と思っている。また、スピードを落とすことで全身に上手くアウトプットすることも上手にできるのではと思う。これは誰かを指導する時に行う方法で、(続く)
▼私自身は動きを分解して絵を描く。キレイに描けると大体は出来るようになる。アクロバティックなものでなければ……とか、記録を気にしなければ……という条件は付くが。結局、脳の仕事は、全身からの信号を受けて、的確に判断して全身へ信号を送り返すことでしかない。(続く)
▼そもそも脳そのものは、それ以外の方法では外界にアクセスして何かを為すことはできない。だから脳に求められるのは、的確な判断、それだけであり、そのために必要となる情報を双方向に伝えるラインを作ったのだろう。このような身体の考え方で色々なモノ・コトを(続く)
▼見てみると、上手くいっていないアレコレは、脳に当たる部分が外からの情報をインプットしていないからではないか?と思えてしかたがない。あらゆる情報を判断しようとして、最終的な判断基準となるのは「好み」だろう。しかし最初から「好み」が判断基準になってしまうと、(続く)
▼身体の動きはどうなるのだろう?上手くいっていないアレコレは、それに似たことをしてはいないのか?と思う。コンピュータという外部記憶・演算装置を使う時代になっても、人間は、その身体感覚から離れてはいけないのだと思う。自分の身体でも上手く使うことは難しい。(続く)
▼そうであれば他者を上手く使わなければならない組織は、もっと難しい。その時に考えるべきは、脳に当たる者がキチンと情報を受け取っているのか?受け取った情報をキチンと判断しているのか?判断した結果をキチンと情報を伝えているのか?ということだろう。(続く)
▼身体をベースにして考えると組織が上手く動いていない場合、指示を伝えても動かないのではなく、上手く伝えることが出来ていないことの方が多いのだと思う。もしくは危険な状態であれば、身体は脳の判断を待たずに反射行動で危険を回避する。(続く)
▼それと同じ状態になっているのでは?と思ったりする。それが全てではないだろうが、少し違う角度から見直してみると面白い見え方がすると思う。


これは柔道から帰った後に夜中になって書いたものです。
書いているとおり、色々な動作について自分自身が上手くできないことがある時には、大体は絵を描きます
動きのポイント毎に簡単な絵を描きます。
そうすると何故か出来るようになることが多い。
そこから頭の中のイメージを作る重要性に気付き、感覚の脳へのインプット、それを全身に伝えるアウトプットという考え方をするようになったと思います。
でも誰もが絵を描くのが好きというわけではないので、余計な感覚を遮断するため目を閉じる(目からの情報は、他と比べて多いため)ことと、スピードを落としてユックリ動作を繰り返すという方法を行き着きました。
また、上手くいかないことを情報伝達のエラーと考えると分かりやすいのでは?という考え方(身体をベースにした考え方)を組織に当てはめると、色々と面白い切り口で考えることができます。
脳が上手く判断するために情報を仕入れる必要性があり、それが全身に神経として張り巡らされ、それに電気信号が流れることで情報のインプット・アウトプットが行われています。
組織が上手く動いていない場合、それに対応するものが欠けている可能性があります。
そういうものを張り巡らせても、情報を受け入れなければ意味がありませんし……。
それが後半に出てくる「好み」の問題です。
脳が、脳の好み(要するにバイアスですが)を基に判断すると大抵は失敗します。
あくまでも脳は、インプットされた情報を判断するのが仕事であり、判断が難しい時に最終的に「好み」というバイアスを使うのは仕方ないのですが、最初からバイアスを用いたものを正しい判断とは言いません。
それによって身体が危険を感じれば、当然ですが動きを修正します。
その場合、反射行動になりますから脳の判断を待つことはありませんし、脳の判断が間違った結果なのですから判断を待つ必要はありません(再度、間違った指示が出る可能性もありますから)。
柔道をした後、親御さんと色々と話をする機会がありましたので、その時に話をした内容をまとめてツィートしてみました。

 
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