【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【整体】「~学」と「~術」 #02
2010年03月28日 (日) | 編集 |
「~学」と「~術」についての続きです。

「術」については、正確に伝えるのは難しい(または、できない)と書きました。
この原因は、「術」は感覚的なものや各々のセンスによるものを多々含むことであるため、自分が正しいと思っていることの中には、「自分」と言うバイアスがかかっていることが多々あると言うことによります。
「身体を使うこと」を教える場合、ベーシックなことを教えなければならない理由はココにあります。
また、型だけではなく理論を知らなければならない理由も同じです。
教えるべきは、各々がやりやすい方法ではなく基本的な方法であり、そうでなければ技術の伝承はできません。
その意味では、実践の段階において師にとって「正しい」方法が、弟子にとっても「正しい」方法とは限らないことを知っておく必要があります。

古来、職人の世界は「見て覚えろ!」が多かったのですが、これは目から入ってきた情報(型)と耳から入ってきた情報(理論)を脳内で統合する作業をすることが、技術を身に付ける前提だったためだろうと思います。
もちろん、それは前提ですので「脳内で統合したことを表現すること(実際に技術を使うこと)」は、別の能力になります。
カイロプラクティックは『誰でも教育により同じようにできるようになる』ことを目指し、言語化することで学問としての地位を作りました。
これには、やはり西洋医学の中にあり、何かと西洋医学と比較されるという環境によるものだったのだろうと思います。
これに対して整体は、師弟関係により技術を伝承するのが一般的な環境の中にあったため、カイロプラクティックとは異なる道を進んで来たのだろうと思います。


 seitai@kokkaku-mokei(S).jpg
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