

2012年09月07日 (金) | 編集 |
別に今日が何か特別な日というわけではありませんが、何だか色々なことを教わった武道の師匠のことを思い出していました。
思い出したキッカケは、掃除です。
空手着や柔道着は頻繁に使って洗濯しますが、師匠に色々と教わっていた時に使っていた稽古着は今は使うことはありませんから、畳んで仕舞ってあります。
でも使わなくても時々はキレイにしておかなければ痛んでしまう(というかカビの餌食になってしまう)……ということで、引っ張り出していました。
で……色々と思い出していました。
このブログでも師匠から教わったことについて書いたことがあります【注①】が、武道に直接関係することのような表現をしながら、生活の中で役に立ったり、気を付けなければならないことだったりする大切なことを幾つも教わったように思います。
元々あまり運動神経が良い方ではなかった私が、今のように色々なことができるようになったのは、師匠のおかげです。
病弱だった私が整体に興味を持った最初のキッカケも師匠。
そして技術だけでなく、生活の中で役に立つようなことまで含めて武道なのだと言い続けていたのも師匠です。
そういう意味では、かなり影響を受けている人(というか家族以外で大きな影響を受けた人の一人)だと思っています。
でも……色々な「こと」は私の中に残っているのですが、ほとんど「もの」は残っていません。
それがチョット寂しく思います。
「もの」として残っているものの一つが、武道のカテゴリで使っている写真に写っているものです。
要するにコレ。

本来、「帯制度」があるわけではないのですが、「帯はあった方が格好になるからなあ~」と言って、プレゼントしていただいたものです。
もう一つはコレ。
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この勾玉は、亡くなる間際にいただいたもので、本当に形見になってしまったものです。
アチコチにキズが入っているので、装飾品としての価値はないだろうと思います。
そもそも装飾品として考えた場合、仕上げもあまりキレイにできているわけではないですし……。
でも……これ、キレイなんですよ。
写真では分かりにくいかもしれませんが、緑の半透明で何とも言えない色をしています。
私が師匠に色々と教わっていた時に使っていた稽古着等を引っ張り出すのは、だいたい何か考えごとをしていて、考えがまとまらない時だったりします。
色々な「こと」を教わっておきながら、それを上手く引っ張り出せない……。
そんな時に引っ張り出す(思い出す)キッカケとして、「もの」は有効です(これも師匠に教わったことですが)。
「もの」はただの「もの」ではなく、「もの」を目にしたり手にしたりした時の「こと」が付随しています。
俗に「思い出の品」と言いますが、それは特別な何かではなく、全ての「もの」に本来は適応されるはずのことです。
でも感じた思いが強い時だけ「もの」と「こと」はセットになり、そうなったものが「思い出の品」と呼ばれます。
で……今日もこれらを見て、「そういえば……と言われていたなあ~」と思い出し、考えをまとめていました。
------------------
【注①】
※参考:【etc】使わない刀は錆びる
※参考:【etc】使った刀は手入れしろ
【参考】
※参考:【Diary】デザインしてみた……
思い出したキッカケは、掃除です。
空手着や柔道着は頻繁に使って洗濯しますが、師匠に色々と教わっていた時に使っていた稽古着は今は使うことはありませんから、畳んで仕舞ってあります。
でも使わなくても時々はキレイにしておかなければ痛んでしまう(というかカビの餌食になってしまう)……ということで、引っ張り出していました。
で……色々と思い出していました。
このブログでも師匠から教わったことについて書いたことがあります【注①】が、武道に直接関係することのような表現をしながら、生活の中で役に立ったり、気を付けなければならないことだったりする大切なことを幾つも教わったように思います。
元々あまり運動神経が良い方ではなかった私が、今のように色々なことができるようになったのは、師匠のおかげです。
病弱だった私が整体に興味を持った最初のキッカケも師匠。
そして技術だけでなく、生活の中で役に立つようなことまで含めて武道なのだと言い続けていたのも師匠です。
そういう意味では、かなり影響を受けている人(というか家族以外で大きな影響を受けた人の一人)だと思っています。
でも……色々な「こと」は私の中に残っているのですが、ほとんど「もの」は残っていません。
それがチョット寂しく思います。
「もの」として残っているものの一つが、武道のカテゴリで使っている写真に写っているものです。
要するにコレ。

本来、「帯制度」があるわけではないのですが、「帯はあった方が格好になるからなあ~」と言って、プレゼントしていただいたものです。
もう一つはコレ。
s.jpg)
s.jpg)
この勾玉は、亡くなる間際にいただいたもので、本当に形見になってしまったものです。
アチコチにキズが入っているので、装飾品としての価値はないだろうと思います。
そもそも装飾品として考えた場合、仕上げもあまりキレイにできているわけではないですし……。
でも……これ、キレイなんですよ。
写真では分かりにくいかもしれませんが、緑の半透明で何とも言えない色をしています。
私が師匠に色々と教わっていた時に使っていた稽古着等を引っ張り出すのは、だいたい何か考えごとをしていて、考えがまとまらない時だったりします。
色々な「こと」を教わっておきながら、それを上手く引っ張り出せない……。
そんな時に引っ張り出す(思い出す)キッカケとして、「もの」は有効です(これも師匠に教わったことですが)。
「もの」はただの「もの」ではなく、「もの」を目にしたり手にしたりした時の「こと」が付随しています。
俗に「思い出の品」と言いますが、それは特別な何かではなく、全ての「もの」に本来は適応されるはずのことです。
でも感じた思いが強い時だけ「もの」と「こと」はセットになり、そうなったものが「思い出の品」と呼ばれます。
で……今日もこれらを見て、「そういえば……と言われていたなあ~」と思い出し、考えをまとめていました。
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【注①】
※参考:【etc】使わない刀は錆びる
※参考:【etc】使った刀は手入れしろ
【参考】
※参考:【Diary】デザインしてみた……
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