【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】Twitterにて
2012年11月30日 (金) | 編集 |
Twitter文字制限がストレスです。
書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。


▼専門をどう活かすかは、視点をどこに置くか?ということで、弁護士という視点からみるということは悪いことではないはずですが、仰るとおり弁護士の論戦の勝敗が目的という価値観を政治に持ち込んでいるのが間違いでしょうね。政治では論戦は目的ではなく手段であるべきと思います。


これは橋下大阪市長に対するものです。
もともと専門性というのは、何かについて考える時の視点として活かされるべきものです。
専門分野の中だけを考えるものではありません。
その意味で橋下大阪市長が、弁護士という視点で行政の問題点を考えることには異論はありません。
しかし問題は、その先です。
政治は、基本的に多数決で方向性が決められます。
トップダウンと言っても、そのトップも多数決で決められるので、多数決原理からは逃れられません。
で……多数決は、どれだけの少数意見があるのか?を知るための手法であるということを内包しています。
別に多数を取った側が正しいのでも、その方向で全て進めても良いわけでもありません。
そうでなければ少数意見を無視しても良いということになってしまいます。
これは民主的とは言えません。
したがって政治では、自分の意見とは違う意見に耳を傾けること、少数意見を政策に反映することを考えることを前提とします。
ですから相手を論破するのは、政治家の議論の目的ではありません
あくまでも相手の意見を聞くための手段です。
どこかで書きましたが、手段の目的化は大きなRISKです。
ここを間違えているのだと思います。


▼他党の批判ばかりもウンザリですが、それをすることで何が起きるのか?が分からないような政策を並べられるのも同じです。何かをすれば必ずマイナスがあるはずですが、それは語らない。ウソではないですが、だましのテクニックですね。情報はネット上に転がっていますけど。


今回の選挙の特徴として、政策を語るのではなく、他政党の悪口を言っている時間が長すぎると思っています。
これは自前で政策を作っていない(他党の言っていることに「嫌!」と言っているだけ)ので、キャッチな部分は語ることができても、その先を語ることができないということだろうと……。
要するにキャッチなことで起きる可能性があること、特にマイナス面については考えていないのだろうと思います。
【Risk Management】の項で書いたように何かをすれば必ずマイナスは発生します。
そのマイナスと発生するプラスを比較しなければ、選択はできません。
まあ……この手法は詐欺の手口に似ています。
ウソを言っているわけではないのですが、必要な情報を渡さない……。
気を付けなければ……と思います。


▼結果は過程を正当化しません。結果が過程を正当化するなら、戦争を終わらせるための原爆投下も正当化されてしまいます。そんな馬鹿な話はありません。


これは橋下大阪市長がTwitter上で「エイヤーやじゃんけんが問題なのではなく、結果ですね」という内容の発言したものに対するものです。
もともとは、同一選挙区で候補者が重なった時にジャンケンで決めれば良いと言ったことへの批判に対する反論です。
しかし……その反論が「結果が良ければ……」という内容では、あまりに子どもっぽい。
結果は過程を正当化しません
それが正当化されるなら、「戦争を早期に終結するために核兵器を使うこと」も肯定されます。
この論理は、すごく怖い論理です。
それを公人としての権力を行使できる立場にある者が口にする……それが信じられません。


▼現代語訳で行われる伝統芸能は、裾野を拡げる効果はあるでしょうが、それ以上の効果があるとは思えません。ニーズがあり、人が集まるようであれば民間に任せてしまっても良いのでは?民と官が同じことをする必要はないと思います。


これも橋下大阪市長がTwitter上で「現代語訳の文楽のニーズが非常に高い。」という内容の発言したものに対するものです。
古典芸能は、古典の形で楽しむから奥行きがあり、また興味の範囲が拡がります
それが学ぶということに繋がります。
現代語訳は、興味を持つ者の裾野を拡げますが、それ以上の意味を持ちません。
裾野を拡げるのであれば、それは良いことではないか?と思われますが、それにニーズがあるのならば、公でする必要はありません。
民間に任せてしまえば良いわけです。
要するに民間に任せれば良いことを公金を使ってやって「こんなに成果がありました!」と言っているだけで、本来の役割ではないことをしていると言うことです。
言い換えれば、税金でしなくても良いことを税金でやっているということで、この辺りは政治家の言うことに騙されないようにしないと……と思います。


▼ご自分の意見(思い)に合う専門家の意見を探しておられるように見受けられます。腹に落ちるのは、そういうものか、理解可能な範囲にあるものだけではないでしょうか?


これも橋下大阪市長がTwitter上での発言に対するものです。
橋下大阪市長は「公選職である政治家は、専門家の意見、議論を聞いて、腹に落ちる方を選択することが仕事。」という内容の発言をしています。
問題なのは「腹に落ちる方を選択する」ということです。
これは元々自分の意見に近い方に偏りやすい(というか多くはそうなります)という傾向を持っています。
話を聞く前からバイアスが掛かっていますから……。
また自分自身の理解の範囲を超えると拒否しやすいものです。
この組合せを考えると分かりやすいのですが、誰かから意見を貰う場合、『自分の意見に近くて理解の範囲にあるもの』がほとんど選ばれます。
だから権限の集中が危ないのです。
それが理解できていれば、Twitter上の多くは発言はないと思います。


▼選挙は「政策を選択する」というのが前面にでますが、それは「誰に権限を託すか」言い換えれば「誰に権力を与えるか?」を選ぶものと思っていますから、物事を独善で動かしていくような人はダメですね。
▼選挙は「政策(未来)を選択する」のであり、併せて「誰に権限を託すか(誰に権力を与えるか?)」を選ぶものですから、票集めのためとかで出来ない(と分かっている)ことや後の影響を考えないことを発信されるのは困ります。


選挙は政策で選ぶもの、これが大前提なのですが……。
そもそも選挙は、「有権者が持つ決定するという権利を誰に託すか?」というものです。
それは言い換えれば「誰に権力を持たせるか?」という選択だということです。
上段は、それを選択するためには「選挙カーで言っていることやチラシなどで広報していることが本気なのか?」とか「どういう人なのか?」等を考えてみなければなりません。
下段は、それを選択する以上、出来ないことや実施することで発生すると思われることを隠しているようなことでは困るということです。
未来を選ぶ以上、マイナス面も選択しなければなりません。
そこまで提示しなければ、現状を大きく変えるなどと簡単に口にしないでほしいと思います。


▼野田首相の言う「いつでもどこでも」は、自分に不都合がないという条件が隠されていると理解すればいいのでしょうか?前衆院選のマニフェストもそうでしたが、民主党にとって言葉の重さは?と思います。


これは野田首相(民主党党首)が、「党首討論はいつでもどこでも応じる」と言っておきながら、相手に指定されると拒否し、結局は自分で場所等を指定したということに対するものです。
民主党は、あまりに言葉が軽い……。
前衆院選のマニフェストを思い出すまでもないのですが、出来ないことまで口にしてしまいます。
今からでも前衆院選のマニフェストを見直してみてもらうと分かると思いますが、無理なことが満載です。
選挙に勝つためなら何を言っても良い!そう思っていたとしか考えられません。
今回の衆院選で同じように騙されないでほしいと思います。


関連記事
スポンサーサイト



テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記