【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】Twitterにて
2013年01月07日 (月) | 編集 |
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書きたいことが書ききれない……。
ということで……Twitterでは書ききれないであろうことが分かっているので、こちらに書いておこうと思います。


▼橋下大阪市長は時々(部分的には)良いことを言っているようにも思うことがあるのですが、全体としてはどこか腑に落ちないのは何故だろう???


これのパート2です(パート1は、こちら)。
でも良い(と思われるような)ことを主張していたりするんですよね、実際……。
ただ、それが響かないのは何故なのか?と不思議に思います。
まあ……主張し実行したことが本当に良かったのかどうか?が分かるというかキチンと評価されるのは、多分、数年後になるのでしょう。
今は、これまでにない方法論だったりするので、新しく良い効果が出ているように思いますが、外側(特に海外)の手法を取り入れる場合には土壌(文化)が違いますから、結局は大回りしているだけ……になることがあり、元の方法に少し手を加えた辺りに落ち着いたり……ということは珍しくありませんから……。【注①】

さて話を戻しますが、大枠では先日書いたようなことが腑に落ちない原因だろうと思います。
そして……さらに思うのは、橋下大阪市長の主張はアル意味で分かりやすいのですが、それはどこかに悪者を作っているからのように思います。
この構図は分かりやすく、政治の世界ではよく使われる技法です。
冷戦時は東西の対立として使われましたし、民主党が政権交代した際には自民党政権を悪者にしていました。
医者に対するバッシングもそうですし、公務員叩きもそうでしょう。
そうすることで状況を単純化して、主張を伝えやすくなります。
どこかに悪者がいれば自分を肯定しやすく、そしてそのような主張は受け入れられやすいものです。
しかし大きな枠で考えると真偽や善悪は別問題なのですが、それは落ち着いて考えなければ判断できません。
でも人間の脳は、一度「正」と思ってしまうと、なかなか方向転換できません
それを上手く利用して主張を受け入れてもらうには良い手法だとは思います。
でも……それを知っていると逆に納得しきれない要因になります。

さて……橋下大阪市長のツィートをよく見ていると、出来ない理由を他者の責任にしているだけではないか……と思うようなものがあります。
例えば、そもそも組織のTOPであれば、組織内でマイナス要因の出来事があれば、それを批判する立場にはありません。
要するに「部下が……」とは言えないのが、組織のTOPです。
しかし組織内の非効率性を当たり前のように指摘(公言)するのですから……。
こういうことが腑に落ちない原因になっているのだと思います。

さらに発言の中には、今のルールでは自分の思い通りにならないからルールに変えろ!と言っているように思えてしまうようなものも……。
例えば首長と参議院議員の兼職についてですが、これはアレコレ理由を付けてみても結局は「大阪都構想」の実現のためだろうと推察してしまいます。
要するに今の権限(首長の権限)では進行が遅いので、国会議員の権限が使いたい(それも自分自身で)ということではないか?と。
首長の権限では……ということが分からなかったというのであれば、それは民主党が前衆院選で掲げたマニフェストと同じであり、分からなかったから出来なくても仕方がないと言っているのと同じです。

まあ……競技の世界では、勝てない理由を他者の責任にしてみたり、現行ルールでは勝てないからと勝てるルールに変更しろと主張してみたりという(他に理由があるとしても、そう見えてしまう)我が儘な行為が時々見られますが、それらと類似しているように思えます。

でも、それを政治の世界に持ち込むことはどうなのか?と思います。
それが行き着く先は独裁(独善)でしかないのですから……。
確かにルールを変えるのも政治家の仕事なのでしょうが、何かを抱え込んで(隠して)いるように感じてしまいますし、それが論点をズラしてみたり論理を変えてみたりということに現れているのでは……と感じます。
それらが、どんなに良いことを言っているようであっても、どこか主張の全体像(方向性)が疑わしく思えてしまう遠因のだろうと思います。
また説明もなく「当たり前」というようなロジックを展開します(直接には主張しませんが、論法としてはそうなります)が、それらは価値観を同じくする間でしか通用しません。
価値観を異とする場合には、キチンと説明する必要がありますし、それが政治家の説明責任というものでしょう。
そういうことから、どんなに良いことを言っていても疑わしく、どこか腑に落ちないのかもしれないなあ~と思います。


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【注①】
 これについては、最近の例では評価/成果主義が挙げられます。
 一時期、流行のように年功序列を廃して評価/成果が導入されましたが、結局は上手く行かず、年功序列をベースとしたものに制度を戻してしまった例は珍しくありません。
 この時に評価/成果の風味を残して……という形態になっていますから、それなら年功序列を廃さない方が熟練者に去られないで済んだという声も出ています。

 ※成果/評価主義については、こちらに色々と書いています。

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