【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】Twitterにて
2013年02月06日 (水) | 編集 |
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書きたいことが書ききれない……。
ということで、ここで書ききれなかった部分を書いておこうと思います。


▼英語より先に尊敬語や謙譲語を含めて、もっと日本語教育にお金や時間を使った方が良いと思いますが?


これは橋下大阪市長が、公共事業より英語教育を!と書いたツィートに対するものです。
私は、英語教育に公共財を投入するぐらいであれば、日本語教育に投入すべきと思っています。
理由は簡単で、それが日本文化を守ることに繋がるからです。
このブログで何度か触れていますが、文化と言語は密接な関係があります。
英語系の言語は、限られた数のアルファベットで全てを表現しようとします。
それは「何でもキチンと分解できる」という文化を育て、それが科学の発展に繋がって来ました。
それは大きな功績だと思います。
一方、日本語は、そのような構造を持ちません。
それが曖昧さに繋がったりするのですが、逆にワビ・サビという文化は日本語が生んだと言っても良いものです。
また、この違いは宗教観の違いにも繋がります。
聖書を手に取ってみると早いのですが、読んでみるとアル意味で分かりやすい教典です。
そこには正義と悪の対立がハッキリしていることが根にあり、日本の八百万の神々の在り方とは根本的に異なります。
誤解を恐れずに分かりやすく表現すれば、
 ・キリスト教系の宗教……異星人が地球に攻めてくるから戦うという昔のロボットアニメ
 ・日本の八百万の神々をベースにした宗教……機動戦士ガンダム以降の考え方や立場の違いによって善悪が入れ替わる系のアニメ
とすれば分かりやすいでしょうか?
全てがそうだとは言いませんが、こういう感じの違いが文化の根にあるのだと思います。
ですから英語教育よりも日本語教育に時間も財も費やさなければ、どんどん日本らしさが薄れていく(なくなっていく)だろうと思います。


▼文科省の失敗なんですか?最低限の読み書きはできるようになるカリキュラムだと思いますが?会話ツールとしての言語は、その基礎があり必要性があれば、その時で良いように思います。英会話を学ぶカリキュラムを導入するにしても高校生以上で必要と思う者だけで良いのでは?


これは上のツィートの続きです。
橋下大阪市長は、英会話ができないことを文科省の失敗だと断じていますが、そんなことはないと思います。
現在の学校英語のカリキュラムは、最低限の読み書きを可能にします。
それ以上を必要とする者が、どれぐらいいるのでしょうか?
また必要性があれば、その時に学べば良いだけの話ですし……。
そもそも商談などのビジネスで使うわけではないのであれば、片言でもコミュニケーションは可能です。
相手とのコミュニケーションが取れないのは、英会話のレベルの問題ではなく、相手が聞き取る価値を感じておらず、したがって会話をするつもりがないだけだろうと思います。
実際問題として、日本の英語教育は割りとよくできていると思います。
まあ……こんなことをツィートしていると「恥を教えればよい」というようなツィートが入ってきましたが、それを教えるのも言葉です。
キチンと「恥」の文化を教えようと思えば、キチンと日本語を教えなければなりません。
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