【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【武道日記】柔道(の指導)について #02
2014年06月28日 (土) | 編集 |
前回も書きましたが、ある学校の先生(柔道の指導者)がSNSで書いていた内容があまりにも酷くてスルーできなかったので、大人げなく……長文を書いてしまいました。
長いので、何度かに分割してUPしています。

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前回の続きです。

前にも似たようなことを書いたように思うのですが……。
柔道教室でいつも悩むこと……それは「何を教えるか?」ということです。
試合があるから……と、そこで使うことが出来ることをメインにするのは、何だか違うような気がしています。
武道における試合は、多くの技の中で「危険性が小さい」と思われる範囲内でルールを設定し、その中で競い合うものです。
言い換えれば、武道の各種目が内包する全ての技の中で、使ってはいけないもの(つまり使っても良い範囲)を決めて行うのが試合です。
そうなると当然、試合で使えない技も出てきます。
それは練習しなくて良いのか?と思います。
例えば蟹挟み、例えば両手刈り……。
これらも柔道の技のはずですが、現行ルールでは使えないので、練習メニューに入らないことが多いように思います。
練習が試合用になるのが良いのかどうか???

武道(柔道に限らず)において試合が存在する一番の弊害は、ここにあるのだと思います(人格形成等の話を除いて……です)。
これが各種目各流派の体系を歪めているのではないかと……そう思っています。
要するに使える技技への対応等の範囲を狭くしているのはないか……と。
限定された範囲(試合のルールで使うことができる範囲)だけが、その種目になってしまっているのではないか……と。
もちろんモチベーションの維持のためを考えると試合はあった方が良い(ないよりは)ように思いますし、試合に勝ちたい(勝たせたい)のであれば試合用の練習をした方が良いとは思いますから、全否定するつもりはありませんが……。

  (続く)

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