【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【仕事】評価主義・成果主義 column(日本人のノーベル賞受賞について思ったこと)
2014年11月24日 (月) | 編集 |
日本人が国際的に評価された場合、出てくるのが
 ・日本には研究の自由がない。
 ・正当に評価されない。
 ・成果の対価が支払われない。
という意見です。
これが日本の評価/成果制度の全てを物語っています。

別項(評価/成果主義)で評価/成果制度について書いていますが、日本で導入した評価/成果制度は問題がありすぎます。
結局、コンサルタント会社の収入にしかなっていない……そう思います。

日本で評価/成果制度を導入した企業は多いでしょうが、結論を言ってしまえば「中身がないものがほとんど」でしょう。
もし、そうでないなら上記のような意見は出て来ないはずです。
では日本の評価/成果制度が何をしているのか?と言えば、簡単に言えば「好き/嫌いの点数化」にすぎません。
そして「好き」は、上司の言うことを「はいはい」と聞いているYESマンに与えられます。
これで組織が良くなるはずはないのですが……。

このブログで何度か書きましたが……。
私が所属している整体協会の理事長から、理事や事務局長への就任の打診を受けた時、「この性格ですから、色々とモノを言いますが……」ということを伝えさせていただき、それに対する回答が「理事会にYESマンはいらない」ということでした。
要するに組織には違う視点が必要ということを言われたのだと思っています。

これも別項(組織)で書いていますが、人間が作るものは人体、もしくはその感覚上にあるもの以上のものは作れません。
したがって組織も同じです。
人体内部に異分子が存在することで、人間は正常な状態を維持できるのと同様、組織には異分子がいなければ正常な状態を維持することはできません。
そう考えるとYESマンを高評価するような制度のリスクは分かると思います。

もともと研究のほとんどは直接的な結果に繋がりません。
しかし研究をしなければ、新たな何かを創り出すことはできません。
新たな何かを創り出そうとすれば、研究者に自由がなければならないのですが、そのような体制になっていない。
そして直接的な結果が出なければ、研究者は良い評価を受けることはできません。
その一方で、直接的な結果を出しても、それに対応するだけの対価は支払われません。
それでは優秀な頭脳は、国外に出てしまいますし、特許も国外企業が抑えることになります。
これは大きなマイナスでしょう。



【注①】
 ※参考:ノーベル賞:中村氏「日本に自由ない」、研究環境の改善を(mainichi)
 ※参考:中村修二氏、発明対価訴訟の先駆け 報酬高額化に道(asahi)
 ※参考:ノーベル賞:天野氏「自分と関係ない」はずが、決定に驚き(mainichi)
 ※参考:ノーベル賞、勝因は「怒り」=日本企業に苦言も―中村さん(jiji-tsushin)
 ※参考:中村修二教授「開発が偉大でも市場で勝てない」(yomiuri)
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