【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】必要なのは…… #03
2015年01月26日 (月) | 編集 |
ボチボチ書いていますので、何について書いていたのか?元が何だったのか?が分からなくなりそうですから、#01の冒頭を再掲しておきます。

また……と言いたくはありませんが、残忍な事件が発生しました。
児童を殺害し、遺体を切断する……。
考えられない行為なのですが、これを近所に住んでいる人がやってしまうのが現代社会なのか……と思ってしまいます。
こういう事件が発生すると道徳の話がよく出てきます。
それはそれで大切なことだと思いますし、必要なことだと思いますが、少し違った視点で書こうと思います。



前回の続きです。

この傾向は、今回の事件のようなことだけの問題というわけではないように思います。
一般的に起きている所謂「ハラスメント」も同根ではないでしょうか。
色々なことをして、色々な人と出会い、交流することで覚えることは多いはずです。
ところが……。

所謂「ハラスメント」には、一定の線引きは出来ません。
同じ行為であっても人によってはハラスメントになり、他の誰かの場合にはスルーされてしまうということは珍しいことではありません。
これは人と人の距離感の問題でしょう。
力を持っている側が、相手への限度や相手との距離感が分かるなら、ハラスメントは少なくなっていくように思います。

道徳については、自分と相手の関係性を抜いては考えることはできません。
また礼節では場に応じた対応も考えなければなりません。
それらは家庭とか家族とか近所の人とか……そういう狭い枠から出ると、自分が知っている「常識」が常識ではないということか分かります
何かを学ぶ場合、自分の「常識」ではなく相手の「常識」に合わせなければならないことが多々ありますから、人間同士の関係の作り方や礼節は、身に付きやすいと思いますし、それが道徳に繋がるのだろうと思います。
そして頭の中で考えていることは他者には見えませんが、身体を動かさなければならないことは他者から見えてしまいます。
「この程度で良いだろう」とか……曖昧に考えて動いていると「それは違う!」と言われますから、身体を動かすことをすると良いでしょうし、何かを本気で学ぼうとするとそれらから逃げるわけにはいきません。
その意味では、熱中して身体を動かす何かがあれば、これらは学びやすいのかもしれません。
逆に身に付かないとすれば、そういうことをして来なかったからではないかと思ったりします……。

ただ……問題は競争原理だったりするのですが……。

 (続く)
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