【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】野良猫への餌やり規制
2015年08月22日 (土) | 編集 |
これは、あんまりだなあ~と思ったので……。

和歌山県が、野良猫への餌やりを規制し、違反者には罰則を科す条例を制定する方向で動いているようです【注①】
原因は、
 ・餌を与えられた野良猫が繁殖し、殺処分数が減らない。
 ・生ごみを荒らしたり、与えられた餌が腐って悪臭がひどい等の苦情が多い。
等によるものです。
しかし……よく考えてみると元々「野良猫」は存在せず、無責任な人間が捨てたことが原因となっています。
要するに無責任な人間のシワ寄せを猫の命で何とかしようとしている……そんな条例(正しくは「条例(案)」でしょうが、面倒ですから以下「条例」で記載します)です。

この条例を考える時、もし問題行動を起こしているのが人間であった場合、同じように見て見ぬ振りをして餓死させれば問題が解決するから……と考えるのでしょうか?
そう考えると同じ生命であっても「人間ではない」という価値観の上に成り立っている条例だということです。

この考え方は、「いじめ」や「○○ハラスメント」の原因と共通します。
自分に何らかの害が及ばないのであれば……そんな考え方が見え隠れします。
戦争中の意識は、この延長上にあります。
戦争という行為は、「敵」と「人間」を別物と考えなければ出来ません。
おとぎ話に出てくる鬼や妖怪も「自分たちとは違う存在」という意識で相手を見た結果、生まれたものという話もあります。
その意味で、この考え方はスゴく危険だと言えます。

これに対しては、上記の
 ・餌を与えられた野良猫が繁殖し、殺処分数が減らない。
 ・生ごみを荒らしたり、与えられた餌が腐って悪臭がひどい等の苦情が多い。
はどうするのか?という話もあるでしょうが、それは人間社会の問題でしかありません。
そもそも……殺処分という行為は、税金を使って命を奪う行為です。
そのような行為は、どの辺りから許容されるのか?を考えなければならないのではないでしょうか?
同じようなことを人間がしても、税金を使って命を奪うのか?と言えば、そうではありません。
したがって現状の殺処分という制度が正当化される理由はないはずです【注②】
よく「生命(いのち)は大切だ!」という話を聞きますが、発されている言葉は正しくは「人間の生命は大切だ!」でしかなく、場合によっては「自分の生命は大切だ!」なのではないか?と思います。

もう少し「生命」について真面目に、そして本気で考えなければならないのでは?と思います。



【注①】
 ※参考:和歌山県:野良猫への餌やりダメ違反者には罰則の条例(毎日新聞)

【注②】
ここで書いているのは殺処分という制度の問題であって、それをしなければならない方々の苦悩は大変なものだろうと思います。
そもそも殺処分という制度は、その制度を決定した者が命を奪うわけではありませんから、制定できたものです。
直接、命を奪わなければならないのであれば、このような制度は存在しないのではないでしょうか?
ついでですが……戦争が今のように過激なものになったのは、直接、自分の手で相手の生命を奪うということが少なくなり、引き金を引けば弾が出るとか、ボタンを押せばミサイルが飛ぶ等により、遠くで敵が倒れるからです。
社会の構造が、これと同じ方向にあることが、様々な問題の根にあるのだと思います。
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