【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【教育】40人学級復活議論
2015年08月30日 (日) | 編集 |
少し前だと思うのですが……財務省が提示していた公立小学校の40人学級復活案。
2011年度に制度化した公立小学校1年生の35人学級を従来の40人に戻す……そんな案だったと思います。

理由は、費用対効果
この制度は、事業仕分けで注目された民主党政権が、きめ細かな指導というお題目で導入したモノです。
しかし財政負担は増大したものの、各種の問題に対する明確な効果が認められませんでした。
というか……いじめなどの問題が、これで何とかなると思っているのがどうかしている……。

そもそもの問題は、自分と違う価値観や環境、状況を認めるかどうか?ということであり、それは学校教育の問題ではなく、社会教育(家庭教育)の問題ですから、学校で何とかなる類のモノではありません。
それを学校でしたいならモンスターと言われる者が口出しできない体制を作って、学校(教師)の権限を強めるしかありません。
教員の暴走という話もありますが、もちろん程度の問題はありますが、「そういう人もいる」ということを前提にどう対応していくのか?を学ぶのも必要なことです。

現在の教員の立場は、「手と足を縛って喧嘩しろ!」と言われているのと同じではないか?と思います。
その上で「これまで1分あたり40発のパンチを出していたのを、35発にするから対応しろ!」といったのが、35人学級に制度変更した意味です。
それで何とかなるはずはありません。
社会教育でするべきことを学校教育で何とかしろ!と言うのであれば、その分は権限を強化しなければなりません。
しかし権限を小さくしておいて、することだけが増えていては……。

いったい何を観て制度設計をしているのか?と思います。
学校で道徳教育をどうこう……という話もありますが、これも社会教育でするべきことですから、形式だけのことしかできないと思っています。
社会教育でするべきことを学校教育でしたいのであれば、それができる環境(制度)を作るべきでしょう。

その意味では35人学級に意味はありませんから、財政的視点から40人学級に戻すのは正しいと思います。



【注①】
 ※参考:40人学級復活を議論=生活保護の見直しも―財政審(時事通信)
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