【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】維新の党のお家騒動 #01
2015年08月29日 (土) | 編集 |
毎度お騒がせな維新の党。
どうも……表舞台から消え始めると何か騒動が起きるような気がします。
意図的に話題作りをしているのでは……と勘ぐりたくなります。

今回の騒動は、柿沢幹事長の行動にあったようで、松井顧問(大阪府知事)の忠告を聞かなかったと言うのがそもそもの発端のようです。
しかし……党としての決定に従わなかったのであれば、党として責任問題にすべきでしょうが、松井顧問個人の忠告に従わなかったからと言って騒動になるのはどうなのか?と思います。
まあ……柿沢幹事長の行動も根回し等の手続きが不足していたのでしょうが、松井顧問の側も個人の忠告ではなく党の決定としなかったという意味では手続き不足だったのでは?と思います。

そして結果的には橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)が揃って『維新の党』を離党することになりました。
すごいことになったものだと思う一方、やはり……と思わないでもない面があります。
随分前になりますが、こんなことを書きました(維新については何度か記事にしていますので、その中の一つです)。

維新の会は、スッタモンダの結果、石原派と橋下派に分裂しました。
石原氏と橋下氏は「野合」を否定していましたが、党としての考え方の方向性を整理しないまま一つになったのですから、野合以外の何ものでもなかったのだと思います。
そして結果は分裂。
そして維新の会の橋下派は、今度は結いの党と一つになるようですが、これも党名でスッタモンダしています。
個人的には「維新」という言葉に拘る龍が理由が分からないのですが……。


国政で考えると石原氏と橋下氏で作った維新の会が分裂し、橋下派が結いの党と合流したのが維新の党ですが、いずれも……やはり野合だったのでしょう。
考え方(方向性)を統一しないで合流した時点が間違いだったのだと思います。
その結果なのですから、「やはり……」と思わざるを得ません。

 (続く)

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