【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】維新の党のお家騒動 #02
2015年08月31日 (月) | 編集 |
前回の続きです。

ただ……「維新」という言葉からの連想では、そんなものかな?と思うところもあります。


これは切り口の問題ですから、決して明治維新そのものを否定しているわけではありません。
念のため、最初に書いておきます。



明治維新と言えば「無血革命」として評価は高いですし、そのムーブメントを否定するつもりはないのですが……でも逆説に考えると普通ではできないから高い評価となっているとも考えられます。
そのためには普通ではない方法(手法)を用いなければならないはず……です。

さて明治維新のスローガンと言えば「尊王(皇)攘夷」です。
この言葉は、皆さんがご存じでしょうが前半と後半に分かれます。
前半すなわち「尊王」は、天皇もしくは朝廷の権威のもとで社会体制を変えようというもの、後半すなわち「攘夷」は、欧米列強の経済的・軍事的進出に対する抵抗運動であり、鎖国体制を維持しようというものです。

ところが明治維新後を考えると……。
社会体制は確かに変わりましたが、それは「尊王」という状態ではなく、権力が徳川家からそれまで力を持っていなかった者に移っただけでした。
確かに天皇をはじめ皇族は権威は持たされたかもしれませんが、そもそも権威そのものは形式的には皇族にあったので、維新前後で大きな変化があったようには思えません。
また欧米と列強との関係はどうか?と言えば、鎖国体制の維持どころか、開国路線を突き進みました。
これらによる影響の善悪を考えると決して悪とは言えませんが、でもなあ……と思います。

要するに聞こえの良いスローガンで世間を煽って社会を転覆させ、その後はスローガンとは違うことをしている……切り口を変えてみるとこれが明治維新の姿です。
その意味では、「無血革命」は嘘によって為された(良い/悪いは別の話です)ということになります。

 (続く)



ちなみにこの話は大学生の時に何かの余談で聞いた話です。
切り口を変える(視点を変える)と全然違うイメージになるものだと思い、よく覚えています。
印象が大きかったのか……それ以来、「維新」という言葉に胡散臭さというイメージが付いてしまいましたが……。
関連記事
スポンサーサイト
テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記