【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【囲碁】囲碁で思うこと #02-01
2016年05月06日 (金) | 編集 |
前にも書きましたが、囲碁で「どこに打ったか?」を書き残したものを棋譜と言います(将棋で「どの駒をどう動かしたのか?」を書き残したものも同じように棋譜と言います)が、プロの棋譜を並べてみると色々と感じることがあります。

特に日本人同士で打たれた棋譜を並べてみると……解説を見ながらでもよく分からない手が多いように思います。
強い人同士のものですから、勝つための一手を打っているはずなのですが、どうも日本人同士のものには、それとは違う何か(というと語弊がありますが、他に表現できないので……)が付加されているように思います。。
特に古い棋譜は、「キレイに勝つ」とか……そういう観念を纏った手になっているような気がします。
逆に最近の棋譜や外国人の棋譜を並べてみると、とにかく「勝つため」という目的に沿ったものになっているように感じます。

柔道の試合を見ていると同じようなことを思います。
日本人選手の柔道は、良くも悪くも「キチンと投げる(一本になるように投げる)」とか「キチンと制圧する(抑え込む)ことで勝つことを目標にしているように思います。
一方で外国人の柔道は、前半部分がなくなってしまい、勝つということに特化されているように思います。
それが柔道らしくない技であっても反則でなければ……ということに繋がり、「着衣でするレスリング」と揶揄される状況になってしまったのではないか?と思います。

それを私は「柔道」と「JUDO」の違いと言っているのですが……。

あくまでも柔道は「武道(武芸でも武術でも良いのですが……)」です。
畳があって、ルールがあって、その中だけで競うためのものではないと思っています。
まあ……それを柔道教室で言っても、なかなか理解されないのは仕方ないのですが……。

話が逸れてしまいましたが、この辺りは日本人の気質というか文化というか……そういうレベルの話なのだろうと思います。

 (続く)

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