【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】子育てと核家族化 #01
2016年06月21日 (火) | 編集 |
このブログで何度か書いていますが、私は核家族を選択するということへの何らかの税負担を求めるべきだろうと思っています。
それは色々な面(このブログの中に例は挙げています)で、核家族化することが社会的なコストを上げているからです。

少し前に衝撃的に報道された「保育園落ちた日本死ね」メールですが、保育園等(保育園もしくは幼稚園等。以下「保育園等」)に通わせなければならない理由は何か?と考えると、核家族化がほとんどだろうと思います。
中には両親(子供からすると祖父母)が、子育てを頼るだけの能力がないと考えている(あくまでも「考えている」のであって、本当にそうなのかどうか?は分からないのですが)場合がないとは言いませんが……。

確かにどうしても子供を保育園等に通わせなければならない場合もあるでしょう。
例えば、祖父母が既に他界している場合はそうでしょうし、同居していても祖父母が働いている場合もそうだろうと思います。
言い換えれば、そうでない場合には同居すれば良いだけの話であって、それ以上ではないように思います。
社会性を身につけるため、という考え方もありますが、保育園等でなければ身につかないというわけではないでしょうし……。

子育てを考えると同居するメリットは色々あります。
子育てしたことがない親が、経験者の指導を受ける機会を得る(実際に育てた経験がある人がいるのですから)こともそうでしょうし、その経験を次につなげることができることもそうでしょう。
ニュースになることが度々ある親が子を虐待するということも、祖父母の視線があることで防ぐことができる可能性もあります。

そろそろキチンと考えなければならない(というか……既に考えていなければならない)ことなのですが、社会資源は有限であるという前提が抜けてしまっているように思います。
社会の年代別の数が上向きの三角形ではなくなった時代、かつての高度経済成長のような発展が見込めない時代……古き良き時代の考え方をベースにしていると負担を背負いきれません
いつまでもその発想から抜け出せない結果、高齢者一人を何人で支えなければならないのか?とか国や自治体の抱えている借金を一人当たりにした場合にどれだけの負担になるのか?が大きな問題になっています。
その問題は、結局、収入と支出のバランスが取れないということで、色々と考えると問題の根底にあるのが、核家族化ではないか?と思っています。
少子高齢化は避けられないのですから、その状況でどうしていくのか?いくつも重なる問題に対して、どうしていくのか?を考えなければならないと思います。

それらの問題は、これも何度か触れていますが、『公と個と私』を考えると、方向性(答え)は見えてくるような気がします。

 (続く)
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