【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【教育】英語教育 #05
2016年08月23日 (火) | 編集 |
前回の続きです。

そもそも……何度も書きますが、英語はコミュニケーションツールです。
それを使って、何を伝えるのか?の方が大切です。

さてさて……外国の方と本気で話をしようとすると「個人の在りよう」を話さなければならなくなります。
それは日本という国の歴史だったり、文化だったり、宗教だったり……それらと自分自身の関係(距離感を含みます)だったり……。
そういうことをキチンと伝えられなければ、相手の信用を得ることはできません。
そして信用できない人とは、本気で話をして(聞いて)くれません。
日本人同士であれば、それでも付き合ってもらえるでしょうが……。

学生時代、英語が達者な同級生がいました。
大学に入るまで、必死で英語を勉強していたとのことで、語彙も豊富で発音もキレイだった印象があります。
でも彼は勉強以外のことをあまり本気でしていなかったようで、上記のような話になると応対に困っていました。
一方の私は、カタコト英語でしたが、なぜか外国の方に話しかけられて困ったことが多々あります。
ですから「私と話をしても会話が続かないから、キチンと英語を話せるヤツと話をした方が良いんじゃないの?」と聞いたことがあります(カタコト英語とカタコト日本語のやり取りで、そんなことを聞いてみました)。
それに対する答えは、とても辛辣なものでした。
道具だけ立派でも……ということでしたから。

例えば最新型のパソコンを買っても、それを使いこなせないのであれば、旧型のパソコンをキチンと使いこなした方が良いことは分かると思います。
車でも同じです。
そう考えると分かりやすいのでしょうが、ツールとしての英語よりも、伝えるべきネタをキチンと学んだ方が良いのではないでしょうか?
国際人というのは、英語が話せる人ということではなく、外国の人に本気で相手にしてもらえるような人というのが、ベースになのだと思います。

 (続く)
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