【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【武道】武道について #01
2011年03月15日 (火) | 編集 |
このBLOGに【武道】というカテゴリーを作っていますが、ここで色々書いていることが一般的に「武道」と言われることに属することなのかどうか……と思いながら書いています。
まあ、メモ帳のようなモノですから今のまま書いていこうと思いますが……。

さて、「武道って?」と聞かれることがあります。
これに対する答えはすごく難しい……。
正確には、『言語化するのがすごく難しい』と感じています。

まず思うのは、武道は精神論だけではないということです。
そして武道は、所謂「武道」というイメージの範囲に留まるものでもないとも思います。
何を言っているのか……よくわからないと思いますが……。
今、思い付く言葉から一番近い言い方をするなら『武道はそれを身に付ける人間、または人間の生活を形成するもの』であり、また『それを使って生活すること』ということになるでしょうか……。
う~ん、わかりにくい……。
しかも何か違うような気がする……。
書いていて、上手く表現できないのでイライラします。

切り口を変えてみます。
以前【注①】、武道を考える場合に場の考え方の違いがあると書きました。
その中で、武道の前提として「安全地帯に行く(戻る)までは気を抜いてはならず、動ける(対応できる)状態を保たなければならない」とも書きました。
そういう意味では……本当は道場に着いてから準備運動をして、身体を解して……というのは変だと言えます。
道場に着いてから行う準備運動は、『道場に着いた時点でアル程度は動くことができる』が、そこから先の動作や初めて行う挙動を練習する際のケガを防止するために行うものであるべきと思います。
要するに、ほとんどの準備運動は生活の中で完了している必要があるということです。

時間に遅れたりして稽古に合流するのが遅れることがありますが、私の準備運動はテキトウに見えるそうです。
これは、朝、家を出る前に「一日動くための最低限の準備運動」を終えているからです。
そして生活の中で意識してアチコチを動かすようにしています。
手首だったり足首だったり脹ら脛だったり……その時々で気になるところを動かすようにしています。

これが上記の「安全地帯に行く(戻る)までは気を抜いてはならず、動ける(対応できる)状態を保たなければならない」と繋がります。

(続く)


 budo.jpg

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【注①】
 ※参考:【武道】武道の特徴
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