【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【政治】地方
2011年02月26日 (土) | 編集 |
愛知・名古屋の選挙後、地方で色々な動きが出ています。

まずは民主党の原口前総務相が地域主権の推進を目的に掲げた政治団体「日本維新の会」と「佐賀維新の会」を結成する考えを明らかにし、橋下大阪府知事や河村名古屋市長らとの連携を目指すようです。【注①】
個人的には「地域主権」の意味がキチンとわかっていませんので、何を目指しているのか?理解できないでいます。
これについて橋下大阪府知事は「おもしろくなってきた」と述べ、連携を考えている【注②】ようですが、どこを目指しているのか?ハッキリわかっている人がいるでしょうか?
大半は霧の中ではないか?と思います。
旗を掲げるのは自由ですから良いのですが、民主党が掲げたマニフェストも旗の一つです。
民主党が掲げたマニフェストは、色々と書いてありましたが、財源等の裏付けがないものでしたから、「夢物語」と思っていました。
民主党は、その旗(マニフェスト)によって政権を取ったのですが、蓋を開けてみると……現状です。
政治家ですから夢を語るのは良いことです。
でも……過大な夢や希望を住民に示すのは止めてほしい。。。

しかし……議員とはおかしなもので、何らかの思いがあって反対していたことを、選挙結果をみてイキナリひっくり返します……。
名古屋では選挙結果を受けて、民主党の前市議らは、これまで反対してきた市議報酬800万円への半減案について、「民意を尊重すべきだ」として賛成することを決めたようです。【注③-A】
いくら民意だからと言っても……。
そもそも本当に必要であれば、簡単に意志を反転させることはできないはずです。
ということは……単に「懐に入る金額の問題」でしかなかったということなのでしょうか?

この動きに併せるかのように大阪府でも議員報酬の3割カットを提案するようです。【注③-B】
そもそも議員報酬は給与ではない【注③-C】のですから、実際にはいくらでも良いのではないか?と思います(日当制でも)。
ただ、それなりの能力を持った人に責任を持って動いてもらおうとするのであれば、それなりの報酬を準備する必要はあるはずです。
何でも引き下げれば良いというわけではありません。
「安かろう……悪かろう……」では、何もならないどころか悪くなる可能性もあります。
本来、この辺りのバランスを考える必要があります。

ただし……愛知・名古屋の選挙については、その
手法の是非をキチンと考えておかなければなりません。
そもそも地方議会は二元代表制となっています。
これは、わかりやすく言えば『首長が暴走しないように議会がチェック機能を持って存在する』というもので【注④-A】、いわば安全装置のようなものが取り付けてある制度です。
したがって首長の意見が通らないからと言って「解散!」と言うのは、本来は横暴と言えます。
この辺りは片山総務大臣が冷静に分析していますし、神奈川県知事も同様の考えを持っています。【注④-B】
要するに……この手法は現在の二元代表制を否定する手法とも言え、上記の「首長の暴走を止める」という議会の働きを無視するものです。
この延長上にある首長政党は、同様の危険性を内包するモノですから、あまり賛成できるモノではありません。
他項でも書いたことがありますが、多数決は「多数意見を軸にして、少数意見をどう吸い上げるのか?」と考えるための手法です。
つまり軸となる多数意見に対して、どのような対案があるのか?を勘案し、実際の運用にどう反映させるのか?を考えなければ、多数決の意味はありません。
これを数の暴力のような使い方をしてはいけない……それが多数決を使用する際のルールのはずです。

民意という言葉は、責任と背中合わせです。
現政権である民主党を与党にしたのも民意です。
それでは……現状の国会で良いのか?という問いに「良い」と答える人は多くないでしょう。
では、その責任は?と言えば、本来は選択した者にあります。
国においても地方においても同様ですが、
基本的には決定権を持つのは議会であり、行政はその範囲内で運用していきます。
したがって「国が……」とか「都道府県が……」とか「市区町村が……」と言っても、もともとは民意で選ばれた者によって構成される議会で決定されたことであって、最終的な責任は国民であったり各地域の住民であったりします。
何でも同じことですが、選択権を与えられるということは、選択した結果についての責任を負わなければならないということです。
民意という場合、そこを理解しておく必要があります。

選挙で話題となった愛知県の大村知事は、減税は平成24年度からの実施を明言。必要な300億円以上の財源は「徹底した行財政改革で捻出する」と強調しているようです。【注⑤-A】
また河村名古屋市長も市民税減税を公約に掲げています。
これに対して与謝野経済財政相は「減税日本などと言って、はしゃいでいるより、市の地方債残高を減らすことに使うべきだ」と批判しました。【注⑤-B】
この批判に対して河村名古屋市長は「市で自由に使える金を減らそうというのなら、地域主権は全然進まない」などと反論しているようです。【注⑤-C】
確かに名古屋市は多額の地方交付税をもらっているわけではない【注⑤-D】ので、仮に「減税するほどお金があるのなら、交付税は不要ですよね?」と言われても大きな害はないのかもしれません。
しかし地方交付税だけでなく国庫補助金も「減税するほどお金があるのなら……」と言われても大丈夫な状態なのでしょうか?
国が財政難ということは、そういうこともあるのではないか?と考えておく必要があります。
併せて借金の額も大きいので、将来のことを考えれば与謝野経済財政相の言うことも一理あります。
そのような状況で「減税は大変に責任のある政策で、国も地方税法の改正で認めている。与謝野さんはそれに反対なら、大臣を辞めてもらわないかん」【注⑤-E】は言い過ぎでしょう。
法律的には問題がないことを繰り返して自治体の財政が苦しくなると、結局は国が負担をすることになります。
そういう意味では、完全に国からの収入なしで安定的に運営できる自治体でない限り、口を出すのは当然です。
まあ……マニフェストに掲げてしまった手前、強気の発言をするのは仕方ないのでしょうが……。
後は愛知県民・名古屋市民の判断だろうと思います。

別項【注⑥】で『もともと〔コスト〕と〔アクセス〕と〔クオリティ〕の3つは並立しません(それをしようとして……その結果として崩壊したのが医療です)。』と書きました(そもそも、このロジックが理解できない人には経営はできません)。
もしコストカットを前提として考えるのであれば、『行政へのアクセス制限』か『行政のクオリティの低下』のいずれかを選択することになります(意識する/しないに関わらず、自動的に選択していることになります)。
無理をすれば、行政を医療と同じ方向に導いてしまう可能性を持った案件だと認識しておく必要があるでしょう。

地方において色々な動きが出るのは良いことです。
ただ、そこには何らかの安全装置がなければ、住民のRISKは大きくなってしまいます。


▼▼▼【注】はこちら(続きを読むをクリックしてください)▼▼▼
■■■ 【注】 ■■■

【注①】
 ※参考URL:民主・原口氏が維新の会…橋下知事らと連携へ
【注②】
 ※参考URL:原口・維新の会に橋下知事「おもしろくなった」
 ※参考URL:橋下知事と原口前総務相が電話会談、連携で一致
【注③-A】
 ※参考URL:民主・名古屋市議団、報酬半減案賛成へ転換
【注③-B】
 ※参考URL:大阪府議会・維新の会、報酬3割カット提案へ
【注③-C】
 ・議員に支払われるのは「給与」ではなく「報酬」です。
 ・要するに「生活するための収入は別に得る」ことが前提の収入ですから、それほど高額である必要はないと思います。
【注④-A】
 ・これには逆もしかりです。
 ・議会が議員提案で暴走したとしても、それを執行するのは首長ですから、いくら暴走しても首長が執行しなければ何も起きません(色々ともめるでしょうが……)。
【注④-B】
 ※参考URL:片山総務相、「いびつな戦い」と河村氏を批判
 ※参考URL:トリプル投票は「邪道」…総務相、河村手法批判
 ※参考URL:神奈川知事、河村市長の市議会解散手法を批判
【注⑤-A】
 ※参考URL:大村知事「行革で減税300億円」明言 東三河に担当副知事
【注⑤-B】
 ※参考URL:河村市長の市民税減税、与謝野経財相が批判
【注⑤-C】
 ※参考URL:「与謝野氏は名古屋市民に失礼で許し難い」 河村市長が反論
【注⑤-D】
 ※参考URL:平成19年度予算
  →歳入9,790億円のうち10億円が地方交付税
 ※参考URL:平成20年度予算
  →歳入9,837億円のうち10億円が地方交付税
 ※参考URL:平成21年度予算
  →歳入9,908億円のうち5億円が地方交付税
【注⑤-E】
 ※参考URL:河村市長、与謝野氏に「反対なら大臣を辞めて」
【注⑥】
 ※参考:【社会】地方自治体 #01
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