【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】social worth standards
2011年04月19日 (火) | 編集 |
厳しいことを書きますが、英語で「social worth standards」という言葉があります。
日本語にすると「(人間としての)社会的価値」となります。
この辺りは、英語圏はハッキリしており「命は平等」の前提は『ヒト科の動物としての個体』に対してであり、わかりやすく言えば「生物学的には……」ということです。
したがって『社会生活を営む人間』としては……そのテーブルには載りません。
ここ(「生物学的な話」と「社会学的な話」)を混合して文句(クレームではない【注①】)を言う人がいるので、歪んだ制度になっています。
そして都合によって無茶苦茶に使い分けるので、その不公平の度合いは益々大きくなっています。

わかりやすく言います。
生物学的な話をベースにおくなら、命の重さは平等(公平)ですから、それを支えるものも公平に負担しなければなりません。
逆に言えば、負担できなければ群れにいることはできなくなります。
生物学的に群れの中で優遇されるとすれば、低年齢だけです。
性は?という話もありますが、これは役割分担の一種ですから、動物社会という「社会学的な話」に含まれます。
社会学的な話をベースにおくなら、「social worth standards」という言葉が示すとおり、最初から平等でも公平ではありません。
簡単な話で例えるなら、総理大臣が急死すると国はガタガタしますが、私が死んでも国がガタガタすることはありません。
要するに命に掛かっている影響範囲が違うということであり、等しいわけではないということです。

しかしながら、人間も生物ですから生物学的平等(公平)も許容される部分があっても良いとは思います。
そういう意味で社会学的な不公平も「ある程度」は許容できるとしても、不公平さの度合いが強くなれば人間は楽な方へと考えをシフトしていきます。
今後は「生物学的な話」と「社会学的な話」を整理し、制度を再構築していかなければ、益々立ちゆかなくなっていくと思います。


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【注①】
 ※参考:【医療】国保と健保 #02
で書いたように、この類のものは「クレーム」ではありません。
 ・「クレーム」は「正当な権利を主張すること」を指します。
 ・権利は社会学的な概念であって、生物学的な概念ではありません。
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