【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】所謂「薬害エイズ訴訟」について #02
2011年05月02日 (月) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

この問題が難しいのは、感染したのがAIDSという病気だったからです。
AIDSは、日本で非加熱製剤の使用が承認されて数年後に「何か変わった病気がある」ということで認識されました
また、この病気がウィルスによるものであったことも、問題を難しくする原因でした

これらを整理していきます。

まず血友病についてです。
血友病は、血液の凝固異常が起きる病気です。
出血が頭部で発生したことを想定するとわかりやすいのですが、この場合には早期に対応しなければ死亡または重大な後遺症が残ります。
また出血は、いつ・どんなタイミングで発生するかわかりません
出血箇所が頭部でなかったとしても、身体のどこかで出血した場合、早期に凝固因子を取り込んで出血をおさえなければ、関節拘縮等の後遺症が発生する確率は高くなります。
そういう意味ではハイリスクな病気です。
この治療には、正常に活動する血液凝固因子を取り入れることになります。

非加熱製剤が普及するまでは、
 ・小学生ぐらいで激しい疼痛や関節出血を繰り返す
 ・思春期には関節が拘縮して変形し重度の下肢障害が残る
という状態になることが多かった病気です。
また、大量出血によって神経を圧迫し、麻痺が発生することもありました。
これらから、出血を起こさないために日常生活で多くの制限を受けていました。【注②】
ちなみに……この状況を変えたのが非加熱製剤です。

これが血友病という病気の概要です。


(続く)


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【注①】
 ※参考:【社会】所謂「エイズ薬害訴訟」について #01
【注②】
 ・それでも非加熱製剤の登場以前は、平均寿命は20歳を大幅に下回っていました。


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【関連資料】

■血友病治療とエイズを取り巻く出来事
1978.08【日本】非加熱製剤を承認
1981.01【MMWR】アメリカでカリニ肺炎による死亡者の報告
1981.06【MMWR】アメリカでカリニ肺炎を報告
1981.07【Lancet】でカポジ肉腫の報告
1982.09【MMWR】AIDSと命名
1982.09【CDC】AIDSを「顕著な免疫不全、免疫機能低下と誘発するような他原因の不存在、日和見感染またはカポジ肉腫」と定義
1982.09【NHF】「血友病患者は決して自己判断で治療方法を変更してはならない(この時点では非加熱製剤による治療が主)」
1982.12【FDA】「現段階ではいかなる生物製剤基準の変更も勧告しない」と結論
1982.12【NHF】幼児(4歳以下)、バージンケース、軽症者については、クリオによる治療を推奨
1983.05【NHF】血友病患者のエイズ発症率は極めて低いので、患者は治療医師の処方どおり濃縮製剤あるいはクリオの使用を継続するように勧告
1983.06【WFH】「現時点では治療法の変更はしない、現在の治療を継続すべきである」と決議
1984.04【Lancet】モンタニエ博士、シヌシ博士らがエイズ患者から新しいレトロウィルスを分離を報告
1984.08【WFH】前年の決議を再確認
1984.10【NHF】4歳以下の乳幼児とバージンケースに限り、クリオによる治療を勧告
1985.01【CDC】AIDSを「エイズ原因ウィルスの検出または同ウィルス抗体の陽性の症状に見る日和見感染およびリンパ系腫瘍」と定義を改訂
1985.04【WHO】加熱製剤の使用を勧告
1985.12【日本】加熱製剤の製造を承認
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