【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【仕事】評価主義・成果主義 #11
2011年05月15日 (日) | 編集 |
『評価主義・成果主義』について色々と書いてきました【注①】が、これを制度化して組織を上手く運営しようと思った時にネックになるのが「評価する側(以下「評価者」)の能力」です。
バッサリ言ってしまえば、「組織を運営するための能力」と「評価者としての能力」は別物だと言うことです。
ここが理解できていない人が、あまりにも多い。。。
「組織を運営するための能力」には、「評価者としての能力」を含んでいるという声も聞きます。
しかし……そもそも「名選手、名監督にあらず」という言葉があることからもわかりますが、両方の能力を持っている人は多くはいません。
社会制度は人間が使っていくものですから、人間をベースに考えなければならないのですが、機械と同じ感覚で制度設計してしまうという愚をおかす……そこに問題の根はあります。

さて「山は上から見なければ、全貌はわからない」と言われます。
要するに……下から見ていても頂上は隠れてしまいますから、見えていない……ということです。
評価とか成果とか……そういう制度を考える時、この言葉はそのまま適用されます。
何であれ、"評価される者(以下「被評価者」)"よりも"評価者"の能力が高くなければ、"被評価者"の能力を把握できませんし、そうなるとキチンとした評価もできません。
となると……"評価者"の能力が"被評価者"よりも低い場合には、その評価そのものに問題が出ます。
この場合、上記の言葉の続きで対応するのがベターです。
続きは「……わからなければ、遠くから眺めれば、だいたいは見ることができる」というものです。
要するに「離れたところにいる者に評価させる」という手法です。
しかし、ここで考えなければならないのが、「たいたいは」という部分です。
遠くから眺めてわかるのは、あくまでも概要です。
山の全体像を理解することができるという意味ではベターの方法なのですが、それ以上のことはわかりません。
これを頭に置いておく必要があります。

問題になるのは、"本来の評価者"と次善の策として評価させた"離れたところにいる者に評価者"で、対象となる"被評価者"に対する評価に差が出た場合です。
ここのルールを整理しておく必要がありますが、これが難しい。
「ケース・バイ・ケース」という声も聞きますが、それだと「好き/嫌い」と大差はなくなります

結局、人間を機械と同じように扱おうとした結果の歪みはなくなりません。
キッチリ運用したければ、ルール作りの段階で「仕事をスポーツ化する行為」であることを認識して、制度設計することが必要【注②】となります。


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【注①】
 ※参考:【仕事】評価主義・成果主義
【注②】
 ※参考:【仕事】評価主義・成果主義 #02-02 以下を参照のこと。
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