【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】お祭り #02
2011年07月19日 (火) | 編集 |
前回【注①】の続きです。

最近、アチコチに面白くない祭りが多発しているように思います。
それは何故か……と考えると、行政が変に関わっているからではないか?と思ってしまいます。

そもそも祭りとは何か?と考えると……普段の生活の範囲から外れたことをすることです。
だから普段は車が通る道路を封鎖して人間が歩いたり踊ったりすることができます。
また普段は飲み過ぎないようにと考えている人たちが、ここぞ!とばかりにお酒を飲みます。
普段は衛生的に……と言っているにも関わらず、道路脇で平気で口に入れたりします。【注②】
花火に至っては、一瞬で消えて無くなるものにお金を掛けて打ち上げます。
そんな風に普段できないことをすることで、普段しないようなお金の使い方をしたりします。
要するに普段できないような形で、色々なものを消費する行為……それが祭りというものではないか?

そういう意味から考えていくと、祭りは『ある意味で集団に属する個々のストレスや社会そのものが抱えるストレスを発散するためのもの』と言えなくもないと思います。
社会には多分ですが……そういう時間(場)が必要なのだと思います。
そう考えると、祭りは「とりあえず……やれば良い」というものではありません。
するなら、その効果を発揮できるようにしなければ、時間も財も無駄にしかなりません。

そういうことを考えると、行政が祭りに関わることが本当に良いことなのでしょうか?
答えは「No!」でしょう。
行政が関わっている祭りは、本来の「祭り」ではなく「祭りのようなもの」でしかない。。。
行政は「生活を支えるもの」であり、行政のルールは祭りのルールとは正反対のものと考えなければなりません。
そうなると……行政が祭りに関わると、祭りは行政のルールの中に呑み込まれます。
これでは祭りの意味から遠いモノになってしまいますから、時間と財の無駄遣いにしかなりません(マクロでは……です)。

面白い祭りを復活させてほしい……と思います。


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【注①】
 ※参考:【社会】お祭り #01
【注②】
 ・これは環境の話です。
 ・いくら作り手が消毒をして頑張っても変えられないものがあります。それが食する環境です。
 ・普段の何かを食する環境と比較すると土埃が舞ったりしている中にいて、そこで何かを食べるということは、どういうことか……冷静に考えてみましょう。
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