【ひとりごと】or【どこかで誰かと話したこと】で、ほとんどがメモ代わりです。日記をはさみながら気になることや思い付いたことを色々と書こうと思いますが、かなり大雑把に書きますし、比喩表現を使いますので、専門の方からすると「変(正確でない)」と思われることがあるとは思います。また冷たい(厳しい)言葉を使う(らしい)ので、よく「冷たい人」と言われますから、その前提で読んでください。
【社会】卑怯な論理
2010年03月24日 (水) | 編集 |
世の中で一番卑怯と思う論理が「私のことはわからないでしょう!」という言葉です。
何かの交渉事の際にこのような内容の言葉を使うということは、言い換えれば「私はこんなに大変なのだから、何とかしなさい!」と言っているわけで、こんなに卑怯で理不尽な言葉はありません。
そもそも「他人のことが理解できる人間が存在している」とでも考えているのでしょうか?
「他人のことが理解できる」ということと「他人のことを思いやる」または「他人の気持ちを考える」は別物です。
いくら「他人の気持ちを考える」ということを実行しても、そこから導き出されたものは「他人の気持ちがわかったような気がする」というレベルのものであり、『他人の気持ち』そのものではありません。
生まれて以降、各々に成長する環境が異なりますから、どの時点を切り取ってみても他人と同じという段階はありません。
ありえないことですが……仮に同じ環境になったとしても、個体差がある以上は同じように感じるとは限りません。
また、それとは逆に(これもありえないことですが)個体差がないとしても環境が異なれば、同じように感じるとは限りません。
したがって、どんなにキレイな言葉を使っても他人に気持ちそのものを理解することはできません。
これは大前提です。
ところが、この大前提が理解できていないから、「私のことはわからないでしょう!」的な発言が色々な場で飛び交います。
大体において……そう言っている人は、そう言われている人のことを考えていないから言えることであって、その言葉そのものは、まず発言した者が考えなければならないことです。
要は、自分のことは棚にあげて……ということに他なりません。
それを口にすること、それは口にした人が他者のことを考えていないということを公言していることと同じことです。
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